昨年のNHK紅白歌合戦で歌った「秋桜」など10曲を熱唱したさだまさしさん

 オーロラ基金のベネフィットコンサートは第1回から出演してきたさだまさしさんにとって、5回目の今回が最後となった。アラタニ劇場の舞台に立ったさださんは、昨年のNHK紅白歌合戦で歌った「秋桜」など10曲を熱唱。また、おなじみの楽しいトークでも観客を笑いの渦に包んだ。

3月末に理事長を退任する阿岸明子さん(右)と理事長代行の飯富崇生さん

 公演の初めに阿岸明子理事長があいさつに立ち、自身がフルブライト奨学生に選ばれたおかげで渡米できたこと、その恩返しとしてオーロラ基金設立に至った経緯から、基金の名誉会長のさださんとのコラボレーションについて説明した。阿岸さんは「さださんと一緒にオーロラ基金から卒業し、若い世代にバトンをつなぎたい。私の夢を終わらせず、今後50年間続かせたい」と願い、後を託す飯富崇生さんを紹介した。飯富さんは「新しいことに取り組み、人々を楽しませたい」と意欲を示した。阿岸さんは3月31日で退任する。
 さださんは、「案山子」を皮切りに、「道化師」の「ソネット」「雨宿り」「関白宣言」「北の国から」「極光(オーロラ)」「いのちの理由」「主人公」「修二会」そしてアンコールに応え、「風に立つライオン」を歌って締めくくった。「北の国」では、観客を促し大合唱で心を一つにした。

歌とおなじみのトークで沸かせせたさださん

 さだんにとってロサンゼルスは1977年にレコーディングをした思い出の地。そのレコーディングをコーディネートしたのが阿岸さんだった。その後のオーロラ基金設立の際は、さださんは阿岸さんに助言した。「阿岸さんは日本語の教師を米国で増やすことが、日本への理解者を増やすことと考えた。米国と日本がもっと仲良くし、日本へ留学生を送るためにオーロラ基金を作った」と、当時を振り返った。
 さださんは、得意のトークで、歌と同じくらい会場を湧かせた。1979年のヒット曲「関白宣言」の歌詞は、女性蔑視と受け取られたこともあり、たたかれたという。「今日米国で歌ってもいいのかな。中国ではダメ、日本でも最近はダメ」。「先に寝るな」や「後から起きるな」の歌詞について、「歌だから分かってほしい。一般論として言ってくる人がいる」と、反対者もいるが「オリジナルを大事にするために原曲通りの歌詞で歌いたい」と、歌い始めた。
 21歳でデビューし、22歳でヒット曲を出し「若い時から有名だった。売れっ子で忙しく、キャーキャー言われ、忙しくて車の運転免許を取る時間がなかった」と、当時のモテモテぶりを誇った。

ファンの大きな拍手と声援に手を振って応え会場を後にするさだまさしさん

 基金の今後については「阿岸さんは現場から身を引くと言っているが、オーロラ基金はなくなるわけではないので、これからも皆さんの力添えをいただき、日本と米国のいい意味での懸け橋になれるようにがんばっていくだろう」と、述べた。
 能登半島地震についても触れ、19日には自身が主宰する「風に立つライオン基金」のボランティアスタッフが被災地入りし、キャンピングカーで支援物資を届けたことを話した。キャンピングカーは、被災者が寝泊まりできるように置いて帰り、喜ばれたという。今後も被災地への支援を継続すると言い「遠い米国から、被災者が元気になり早く春が来ること祈ってほしい」と、呼びかけた。
 最後は「外国で暮らすことは、日の丸を背負って暮らすことと思うので、日本のためにもくれぐれも心を折らずに頑張ってほしい」と、エールを送った。

ベネフィットコンサート後のレセプションで乾杯する(左から)飯富崇生さん、阿岸明子さん、さだまさしさんら

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