永住帰国を決めることの難しさについて以前この欄に書いた文章を日本の友人に送ったら、丁寧な返事が届いた。「最後の『行く春や日本へ死ににゆくといふ』の一句にとても胸を打たれた。海外に長く住んでいる日本人の気持ちがよく現れているようで、何とも言い難い気持ちになった」というのだ。そうした気持ちを抱くようになるのは「アイデンティティーの問題について(日本にいる日本人より)考えるようになるためなのだろう」と指摘する。
 「死ににゆく」というような気持ちではないにしても、日本に永住帰国するのは、どのような理由からなのだろうか。多くの人は、家族のこと、経済的なこと、健康面のことなどを挙げているが、私はそこに、ある種の精神的な理由が潜んでいるような気がしている。それは、長く米国に住んでいるうちに、知らぬ間に見失われてしまっている日本人としての精神性の確認、あるいは変容してしまっているその回復というようなものだ。私自身が日本への永住帰国の可能性を完全に捨て切れないでいるのも、そのためであるような気がする。
 ただ、その「日本人としての精神性」がどういうものなのか、今のところよく分からない。また、永住帰国することで、その精神性を自分が維持していることを確信できるようになるかどうかも定かでない。
 ふと気付いたのは、日本に永住帰国した人の中には、各地の神社仏閣や名所旧跡などを訪れている人が少なくないことだ。それを随時フェイスブックに書き込んだりもしている。興味があったが訪ねる機会がなかったので今訪ねているだけなのかもしれないが、そこに、何かを確認しようとする無意識な心の働きはないだろうか。つまり、日本人としてのアイデンティティーの確認。永住帰国を決めた時、そんな気持はなかっただろうか。
 日本へ永住帰国するかどうかは別として、今度日本に行った時には、私もゆっくりと神社仏閣を訪れてみようと思う。そして、その理由を日本の友人に伝えてみよう。長年米国に住んでいる者の気持ちを、もう少しよく理解してもらえるかもしれない。(長島幸和)

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