人間はしょせん他人の心の内は分からない。だからこそ心を開いて話し合う必要がある。その道具が言葉であり、言葉は時代とともに変わってゆく。時とともに常に新しい言葉が生まれたり消えたり残ったりする。どういう言葉を使えば自分の気持ちが相手に伝わるのか。人は膨大な言葉の海の中から適切だと思う言葉を探し出して口にする。しかし、相手に言葉の共通認識がなければ伝わらない。常に変化する言葉を時代とともに捉え、辞書という形で固定することで、その時代の言葉はしばし定着する。「舟を編む」とはそのような言葉の海を「大渡海」という辞書に編み直す作業に情熱を燃やす人たちの物語である。
テレビドラマで「舟を編む」を見て興味が湧き本を購入、原作を読んでさらに感銘を深めた。10年、20年とかかる地味な辞書作り。この本では「大渡海」の出版までに15年の歳月を費やした。情熱を燃やして取り組んだのは最初から企画奮闘した監修の先生と元編集部員で定年退職した社外スタッフ、最終段階の辞書編集部員は主人公と新人の2人である。それに異動した他部署から協力する元編集部員、辞書印刷の紙の開発に情熱をかけた印刷所の担当者、主人公の妻などが登場し魅力あるストーリーが出来上がった。変人ともいえるこの人たちの情熱と努力なくして「大渡海」は完成しなかった。
言葉は時代とともに変わるので、辞書も一度印刷されても時代とともに新語や異なった使い方が出て、何年かすると改訂版が出される。いわばその国の共通語を規定する作用がある。古来、多くの国々では辞書は国が主導して編さんし出版したという。ところが日本では民間の出版社が編さんし出版する。人々は辞書で意味や用例を確認し合って文章を書いたりしゃべったりする。国が辞書を編さんし出版すれば、当然政府の意向が反映される機会が増え、国に都合の良い言葉になる可能性があるのだ。思わず、中学の頃の教科書のドーデの「最後の授業」を思い出した。
人間が言葉を持ち、その意味を共有し合って社会は進歩する。そのために不可欠な辞典の役割と政治的に自由を失う危険など、この本に接し、改めて言葉の大切さと自由な表現を守る大切さに気付かされた。(若尾龍彦)

こんな記事を見つける。
「舟を編む」に
≪言葉とは、言葉を扱う辞書とは、個人と権力、内的自由と公的支配の狭間という、常に 危うい場所に存在するのですね≫
とある。
国語辞典に編まれていない【量化】を編んで頂くようお願いします。
言語における言葉と言葉のセンテンスの主語と述語の入れ替えは、完全に包摂しない【量化】(論理)となる。
【数そのモノ】の【量化】は、完全に包摂する。
新井紀子先生の「数学は言葉」の意味を【量化】との言葉で捉えると【=】が【数そのモノ】の言葉として使えるのだ。
言語において言葉と言葉のセンテンスの中での【=】の意味は、崩れるので使えない。
四次元まで表象できる自然数【0 1 2 3 ・・・】は、一・二・三・四次元において【=】が使える。
【数そのモノ】の世界は、人類が神話(カオスのコスモス化)の世界を文明に持つ過程に似ている。
【数そのモノ】の自然数【0 1 2 3 ・・・】は、カオスを内包(内在)されたコスモスとして眺望でき縮約(縮退)自然数と見えよう。
この雰囲気は、数の言葉ヒフミヨ(1234)の自然数が大和言葉の【ひ・ふ・み・よ・い・む・な・や・こ・と】の平面(2次元)からの送りモノとして眺めると、十進法の基における桁表示の西洋数学の成果の符号(e i π ∞)[1][0]からの送り返して来たモノとして、自然数のシンタックスと言葉のセマンティックスとして「言語の本質」を垣間見えるようだ・・・
こもナラティブな風景は、絵本の力で・・・
もろはのつるぎ (有田川町電子図書館)