サンゲーブルで40年近く親しまれてきた日本語幼稚園「こどもの家」が6月で閉園になった。園のサイトには、コロナ禍を経た園児数減少と経営悪化が理由とあり、さみしく思う。わが家の息子もお世話になり、米国での不安な育児の始まりを支えていただいた。園で出会ったママ友との交流は子どもが大学生になる今も続いていて、一生の宝だ。
「こどもの家」で日本の年中行事や習慣を体験できた子どもたちは、なんて恵まれていたことかと思う。七段飾りのひな人形がピアノの部屋に飾られた「ひな祭り」、園庭に大きなこいのぼりが泳いだ「こどもの日」、ハンティントン・ライブラリーの日本庭園で開催された「七夕祭り」、玉入れや綱引きを親子で楽しんだ運動会、お正月の餅つき、節分の豆まきなど、どれも楽しい思い出だ。
園庭で子どもたちは、ウサギの出産を身近で見守り、大根に水をやっては「大きくなあれ!」と元気いっぱい声援を送った。リサイクルの廃材を生かした工作や食育など、日常的に貴重な体験をさせていただいた。
長年園を率いてこられた梅畑和子園長先生は当時、子どもたちに持たせるお弁当には嫌いな物を入れないで、と親に伝え、みんなで楽しく食べる時間を大切にされた。トイレに行けずお漏らしをすることがある息子を心配する私に、「大丈夫、必ずできるようになるんだから」と優しく言ってくださった神野郁子先生の言葉がどれほど心強かったことか。
園の行事で子どもが作ってきた輪ゴム掛けや母の日のカード、書道作品やクリスマスツリーの飾りなどを、いまでも大切にしている。園長先生との交換ノートには、新米ママだった当時の育児の悩みがつづられていて懐かしい。
イヤイヤ期の息子が公園でかんしゃくを起こした時、白人男性に「アメリカでは子どもの虐待は違法なんだよ」と言われたことがあるのだが、この男性の言葉に私以上に立腹したのは「こどもの家」のママ友だった。私が育児のさまざまな場面を乗り越えられたのも、園のおかげだ。
息子も私もたいへんお世話になった「こどもの家」に、心からありがとうと言いたい。(平野真紀)
