遠さは絶対的な距離のことではなく、主観的で相関的なものである。日本に暮らしていた頃はお隣の国も遠く思えたものだが、米国から見れば韓国も台湾もすぐである。
 15年前に渡米したとき、最初にできた友人の多くは韓国人と台湾人だった。同じようにたどたどしい英語と身振り手振り、そして時には筆記を交えて、共通して箸とご飯の文化のわれわれは異国の地で友情を築いたのである。若い彼らは半年から数年で国に帰り、仕事を得て、父や母になった。
 何年も連絡を怠っていた友人に「ソウルに来ています。会えたらうれしい」と連絡をすると、すぐに「この日を14年ずっと夢見ていた」と返事があった。
 仕事を早く終えた彼女が、強い日差しの中を歩いてきて、お互いを見てひとしきり照れ合った。過ぎ去った歳月は、確かに私たちの姿を変えていた。双子の母となった彼女からは、美しい疲労が匂い立つようだった。普段あまり英語を使うことのない彼女は、時々言葉をうまく見つけられず、もどかしそうに空気を飲み込んで、じっとこちらを見つめた。彼女の姉も遅れてやって来て、私たちは15年前のように共に食卓を囲んだ。
 一晩では足りず、帰国前日にも会った彼女がお土産に渡してくれたのは、彼女も愛用するマッコリのための陶器の杯で、傾けるたびに鈴のような音がした。その日も限られた時間と言葉で過ぎた歳月を埋め合う中で、英語の単語が思い出せず、とっさに日本語を口にした。彼女がキラッと目を輝かせて、それとごく近しい音を韓国語で繰り返し、私たちは同時に破顔した。
 違う国で違う言葉で育った私たちは同じ漢字のルーツを持つ隣人で、隣同士の国では出会わず、遠く米国で出会った。同一の漢字を基にした言葉を2人で反復して、その差異と共通点を涼やかに共鳴させた。
 割らないようにロサンゼルスまで大切に持って返ってきた杯を傾けると、チリチリとほのかな音が鳴る。隣の国の友人も、太平洋を挟んで、遠く、近く、その杯を傾けている。(三木昌子)

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