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震災から10年の年に

 オリンピックが何とか閉会式を終えて、世論調査では「開催して良かった」が60%越えというのを見て、安堵した。被災地の復興に充てられるはずの資材や人材をオリンピック関連施設の建設にとられた挙句が、中止とか開催しなければよかったになったら、何のために我慢を強いられたのか、になったと思う。大会運営には問題も指摘されていたが、選手の活躍は世界中に元気を与えたと思う。無観客、PCR検査など選手のストレスはこれまで経験したことのないものだったに違いない。その中で新たな記録を生み出す勇姿を映像で観るだけでも拍手が起こる。まだ、これからパラリンピックが始まるが、また新たな感動が生まれることだろう。 日本でちょっとショッキングなタイトルの本を見つけた。それは「遺体―震災、津波の果てに」(石井光太著新潮文庫)。東日本大震災時の遺体安置所をめぐるルポルタージュ。岩手県釜石市での状況が記されていた。残された人々が、流された人々を探し出し、遺体をきれいにして安置して遺族のもとに返そうとした必死の対応が伝わった。タイトルから受けるイメージとは違い、残された人々も被災して状況は厳しい中で遺体を家族のもとに返したいと、身元の特定に歯科医が、遺体の安置場所に祭壇を設けて弔いたいとお坊さんが、慣れない役所の職員や想像を超える遺体の数に戸惑う葬儀社の職員・元職員などが、経験したことのないことに一体になって向き合うさまに、安心と感動を覚えた。 このコロナ禍で多くの死者が出て、遺体をゴロゴロと埋葬しているニュース映像が浮かんできて、違いを思った。父から聞いたシベリア抑留者の遺体の葬り方にしても、凍土にスコップやツルハシでは歯が立たなくて埋葬にならなかった。遺骨収集も難しいと話していた。そういうつもりではなかったが、何か気色悪い話が続くと思われた方もおられるだろう。 今年が震災から十年。NHKの朝の連続ドラマ「おかえりモネ」も震災時にたまたま被災地を離れていた主人公が抱える後ろめたさや葛藤から踏み出していく姿が描かれている。一人一人が違った十年を体験したことだろう。【大石克子】