6年前に千葉県の養護学校中等部に通っていた東田直樹くん(当時13歳)が書いた本が英訳され、英米でベストセラーになっている。村上春樹の本を除けば、英訳されてこれほど売れた本はない。
 東田くんは話し言葉をもたない。生まれつきの脳の機能障害による重度の自閉症児なのだ。
 文字盤を指差しながら言葉を発していく「文字盤ポインティング」という方法で、母親に自分が何を感じ、考えているのかを伝えてきた。それを書き下ろしたのが『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』(The Reason I Jump)だ。
 翻訳したのは作家のディビッド・ミッチェルさん。自閉症の息子さんがいる。日本人の奥さんが東田くんの本を英語に下訳し、それをミッチェルさんが磨き上げた。
 世界の人たちが驚いているのは、知的障害をもつ東田くんがかくも論理的な思考をし、しかも情緒溢れる表現力で自分自身のことや身の回りのことを描き出していること。しかも英訳された東田くんの言葉は、普通の少年が喋るナウい日常会話体。言葉の壁を乗り越えて英語圏の読者の心に飛び込んだ。
 普通の子供と変らない、いや、むしろ五体満足な子供よりも優れた感性や理性を兼ね備えている子供が自閉症児の中にはいる。驚き以外のなにものでもない。「音声での言葉をもたない少年の紡ぐ声なき声に心が震えた」(アメリカ人読者の一人)のだ。
 本の中から「東田語録」を一つ、ふたつ——。
 「僕はまるで壊れたロボットの中にいて、操縦に困っている人のような存在です」
 「僕が急に飛んだり、跳ねたりするのは、鳥になって遠いところに飛んで行きたくなるからです」
 話し言葉をもつ普通人がいかに言葉を粗末にしているか。ムダ話に時間を費やしているか。東田くんに「もっと言葉を大切したら」と諭されそうだ。【高濱賛】

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