カリフォルニアは全米有数の農業州だ。一年を通じてさまざまな野菜や果物が収穫され、比較的安価な値段で店頭に並ぶ。私たち住人にとっては有難いことだ。ただ、茄子もイチゴもオレンジも年中入手できることは有難くもあるが季節感が乏しくて寂しくもある。そんな中で、いくつか季節限定の果物がある。
 この時期になると何といっても嬉しいのが大粒で彩りの美しいアメリカン・チェリーだ。ガラスの器に氷水を満たし、その中にサクランボを浮かべて食卓に出すと、それだけで華やいだ気持ちになれる。
 ところで、サクランボには種がつきものだ。自宅で食べる分には良いが、かしこまった席で優雅に種を吐くのは難しい。昔、外務省研修所で食事のマナーの講義を受けたことがあったが、籠に盛られた果物を食後に勧められたら、皮をむかなくてはならないリンゴや種のある杏などは避けて、種無し葡萄かバナナを選ぶようにと教えられたことがあった。
 バナナといっても、正しい食べ方というのは、皮をむいてかぶりつくのではなく、横からナイフとフォークで切れ目を入れて皮を剥ぎ、スライスしてナイフとフォークで食べなければならないらしい。
 そういう意味では、種のあるサクランボを上品に頂くのは難しい。何年も前に御所に伺った際、小皿に盛られたサクランボを頂いたことがある。小皿の隅には三角形に折られた和紙が添えられていて、皇后さまが、その和紙をくるくると円錐形に巻き、サクランボの種をそっとその円錐形に出すのよと教えて下さった。天皇陛下は「これは皇后が考案したんだよ」と笑顔でおっしゃっていた。
 確かに、こうしていただくと、口元に和紙を近づけて上品に種を出し、食べ終えたら開いた口をひねってそのまま捨てることができる。これこそ日本の礼儀の真髄だと心から感銘を受けた。
 ところがアメリカに来て十数年、いつしかそうしたエチケットは忘れ、大粒のサクランボをほおばって食べるようになってしまっている。サクランボの季節も終わりに近づいているが、次に購入したら、あの頃に思いを馳せながら、一粒ひと粒上品にいただいてみよう。【海部優子】

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