日本画家の東山魁夷の絵に「道」という作品がある。深緑の丘がずっと遠くまで連なっている。その中を、前方からまっすぐに伸びる白い道がある。道は見えないかなたまで続いている。構成も色合いも実に単純な絵である。個人の好みに過ぎないが、この白い道の絵を見るたびに、私は襟を正す。人が歩いて行く人生風景の象徴のようでもある。
連なる丘は柔らかな深緑で遠目には穏やかだ。しかし、土の下は湿り、いろいろな害虫もいるだろう。そこには穏やかならぬ世界があることが想像できる。その上を緑の草がそっと被う。「それでも丘は緑です。楽しんで歩いていって下さい」といっているかのようだ。
人には皆、思い入れのある一枚の好きな絵があるだろう。何百年前までは宮廷音楽と油絵だけが表現手段だったから、その分野に表現者の才能が集中した。当然優れた作品が生まれ、多様な表現手段にあふれた今日でも、古典の魅力は揺るがない。年月に晒され残った芸術作品には、時代を超えて変わらない人間の真実が見えかくれする。
2015年、景気は回復の兆しにあるとはいえ、世界は多くの問題を抱えている。中東のイスラム国の残忍な隣国制圧は世界を怯えさせ、アフリカ、エボラ熱の制御はまだ先が見えない。二大脅威は世界に蔓延するかのような恐怖感がある。
米国は世界の人々の人権を守ろうと使命感を持っているから、世界の問題は自分たちの問題として、われわれの日々のニュースに飛び込んでくる。
日本は4年前の東日本大震災、昨年は御嶽山の噴火と多発した自然災害に見舞われた。たくさんの方々は今も苦しい毎日を生きている。
私たちが30歳台でも、70歳台でも、いくつになってもその年代の不安や困難は続く。乗り越えた山の先には、また次の山が立ちはだかる。
まっすぐ伸びた白い道。道草をくってもいい。時には後戻りしてもいい。しかし、道が続くかぎり歩いてゆくしかない。遠くまで。
2015年、一日、一日、うむことなく歩こう。両脇の緑の丘を楽しみながら。
【萩野千鶴子】