かつては米国で活躍した企業戦士たちが引退を迎えると、大半が日本帰国を選ばれた。その理由は米国と比べ十分の一の医療費、食べ物、それに日本の充実した交通機関、自分で運転しなくてもどこにでも行ける便利さである。高齢になればなる程、この三要素は大きな理由になる。日本は湿気の多い暑さ寒さを除けば、高齢者には住みやすい国といえる。時代は変わりつつあるとはいえ、以心伝心のおもてなしの国だ。痒いところに手の届く気遣いは日本人の優れた資質である。年を取ればこれが恋しくなる。日本帰国という選択は容易に理解できた。
ところが、最近、耳を疑うような話をそこここで聞く。それは、アメリカ大好きだった働き盛りの40—50歳代の男性が日本に帰る現象である。知人も今、その局面に立っている。米国で生まれ育った学齢期の子供たちを日本に連れて帰り、学校に編入させるという問題に頭を悩ませている。子供たちは彼らなりに親を気遣い、打ち明けないこともあるが、カルチャーショックやプレッシャーは大きい。柔軟に受け入れることもあれば、むつかしい時もある。それを予測できる親の胸の内は穏やかではない。
それでも米国を離れなければならない理由はただ一つ、仕事である。昔も今も家族を支えるのは、一家の主の収入である。米国での雇用が無くなれば仕事のある場所に移動してゆくのは当然の成り行きである。
ハイテクのおかげで生活は便利になったが、反動を受ける人もいる。流通関連の仕事は極端に減ったはずだ。かつては人の手になったものが、全てハイテクが代行するのだから。郵便局に行けば、一目瞭然だ。あれほどたくさんの人が窓口で働き、顧客であふれていた場所が今はガランとしている。郵便局、銀行といったかつては堅いといわれた職場でこんな日が来るとは誰が想像し得たであろう。
ハイテクに人の仕事が奪われてゆく現象は、これから先も当分続いてゆくことだろう。それでも、帰る二つの祖国を選択できるのは、恵まれたことかも知れない。【萩野千鶴子】