世界を舞台に活動するジャズピアニストの海野雅威さん

 ニューヨークに在住し世界で活動するジャズピアニスト海野雅威(うんの・ただたか)さんが12月4日(土)午後2時半から、オーロラ日本語奨学金基金(阿岸明子代表)がアラタニ劇場で主催するジャズピアノコンサートに出演する。昨年9月にニューヨークの地下鉄構内でヘイトクライムとされる集団暴行を受け、右肩と右胸骨折の重傷を負いピアニスト生命が危ぶまれたが、バンド仲間を始めとする支援の輪が広がり、立ち直った。「奇跡の復活コンサート」へ意気込んでいる。

ジャズ小僧が「日本の宝」に
渡米し飛躍、レジェンドと共演

 4歳からピアノ、9歳からジャズを始めた「ジャズ小僧」(海野さん)は、18歳でプロとなり日本のさまざまなトップミュージシャンと共演し「日本ジャズ界の宝」と称えられていたが、「ジャズの文化に触れて自分の可能性をもっと広げたい」と、27歳で ニューヨークへ。本場での活動は夢でもあったが、「小さい頃からずっとやっていたので自然な流れだった」。
 誰一人知らない新天地。まさにゼロからのスタートだったが、日本から来た若者がジャズを心底愛していることが伝わると、大物ミュージシャンらは心を許し、共演がかなうようになった。ジャズ界のレジェンドや巨匠と共演した日本人は海野さんの他にはおらず、「どう考えても日本にいれば経験できない、起こり得ない貴重な経験をした。ニューヨークに渡ったことにより、まさに自分の人生が広がった。温かい心の人々に会って恵まれた」と、感謝に堪えない様子で語る。
 一音弾いただけで聴く人の心を揺さぶる秀でたテクニックを情熱と合わせ持つ海野さんは「お前のサウンドはメンバー全員のサウンドをよくする」などと絶賛され、バンドメンバーに迎え入れられた。
 全く英語が話せない中での渡米に「いま思えば勇気があった」と笑うが、「会話ができなくても音楽でこんなに通じるのか? それを身をもって何度も何度も経験してきた」と、音楽が世界共通語であることを強調する。
 日常会話もままらなかった頃に「よく『君のピアノは英語を喋っている』と言われた」と話すが、海野さんによると、ジャズの音の中には英語のもつ響きとリズムがあるという。「小さい頃から慣れ親しんだので、アメリカ人に通じたのだと思う。『芸は身を助ける』感じがした」と笑う。

「活動の舞台は世界」
ニューヨークの仲間と

ジャズの醍醐味を即興演奏と、2度と同じ音楽を聴くことができない「はかなさ」と説明する海野さん

 「心が通じる人と演奏すれば素晴らしい音がハプニングする。調和のとれたいい音楽を聴かせるには、ただ単にうまい人と演奏するのではダメ。誰でもかれでも『ブラザー』のようになれるものではない」と言い切る。「心が安まりハッピーになれる人がいる。そういう仲間と演奏する機会が得られたニューヨークは楽しい場所でもあり、チャレンジングな場所でもある」
 だが、そのニューヨークも拠点ではなく、ニューヨークはたまたま住んでいるだけと言う。「活動の舞台は世界。ニューヨークから世界中に行く。ここに住んでいる仲間のミュージシャンが今一番、僕の音楽を表現する上で大切な仲間なので、彼らと一緒に全米、全欧、世界中をツアーする」。淡々とした口調で、熱く大きな将来を語った。
 人との出会いを大切にしている。「いろいろなことがあって、いろいろな仲間と出会えたので、大切な彼らと世界中を回りたい」。パンデミックで活動はままならなかったが、ようやく再開の兆しとなり、希望を見出している。 

人種、性別を超越したジャズ
即興の「はかなさ」も魅力

 ジャズピアノ界で日本人が取り上げられるのはまれであり、脚光を浴びるのは権威ある国際コンクールで優秀な成績を収めたクラシック畑のピアニストばかりだ。だが、そのクラシックもオーケストラの団員に黒人と女性は少ないのが現状。海野さんは、ヨーロッパ文化で花開いたクラシックを認めた上で「そこにはジェンダー、人種といった壁がある。将来の活躍が人種によって制限される世界。クラシック音楽ではそんな状況がまだ正直根強い」とつぶやく。
 一方、ジャズの始まりはブラックミュージックである。「黒人主動の音楽に白人が加わり、人種の混ざり合いによって生まれた音楽なので、クラシック音楽とは背景が違う」と説明する。「非常に温かく、人種、言葉、性別を超越し全てを容認して受け入れてくれる音楽がジャズ」と述べ、「人種の垣根を超えた、懐の深い『民主的な音楽』」と、独特の表現をする。
 ジャズの醍醐味(だいごみ)について「何といってもインプロビゼーション(即興演奏)。繰り広げられる即興演奏がジャズの特色」。他の音楽と比較し「書かれた譜面を演奏するのも芸術として昇華しているが、ジャズは譜面に書けない、その場限りの一瞬の感情の発露によって、演奏が変わっていき、それは2度と起きない。同じ曲を演奏しても同じ展開にはならず、同じメンバーで演奏しても2度と同じように演奏できないのが魅力」。
 即興演奏について「はかない。そのはかなさも魅力。うまく行くこともあるし、今日はあまりうまく行かなかったということを含めて『はかない』。そういう『はかなさ』の魅力がジャズにはある」「一瞬一瞬の積み重ねで変わっていく音楽であり、その時々で心を通わせる。楽譜がないので展開が読めず、みんなで共通することが分からない。人の演奏によって自分も影響され、自分の演奏によって他の人にも影響を与える心のキャッチボールという感じ」。
 ジャズの歴史について、奴隷制度で差別を受けた中で生まれた音楽だとひも解く。「ブルースと成り立ちは一緒。スタートが苦しみや悲しみ、理不尽の中から生まれた音楽が、愛を示す音楽へと変わっていった。壮絶な差別を受けた黒人たちが、『負けるか!』と言って、『自分は音楽でそれを表現するんだ』と昇華してきたすさまじい歴史がジャズにはある。苦しみを全て自分の中に受け止めた経験から生まれた音楽なので、人々の心を打った。非常に奥深い」
 「このような歴史はあまり語られることはない」と話す海野さん。「ジャズって楽しいな」「おしゃれだな」と、小さい頃に感じていた。「だいたいの人はそのようだと思う。それはそれでいいけど。何にしても、9歳の僕がいた日本や世界中の遠い国までファンを作るようなすごさがジャズ音楽にはある」

「ピアノが弾ける喜びに感謝」
恨まず、ポジティブ志向で前へ

海野さんは多大な支援を受け「奇跡」の復活を果たし、ヘイトや暴力に屈せず音楽活動を継続する

 昨年9月27日にニューヨークの地下鉄駅構内で通り掛かりに集団暴行を受け大ケガを負った。この事件はニュースになり、新型コロナ禍でのヘイトクライムとも報道された。
 「暴行を受けた時は『こうやって死んでいくんだな』と思った」と回想する。けがは回復しているものの来年1月に再手術を受ける必要があり、リハビリの日々はまだまだ続く。だが、絶望して落ち込むことはなかった。「幸いそういう性格ではないので。生きていられるだけでありがたく、腕が痛みながらもピアノを弾ける喜びに感謝している。いまピアノを弾ける状況の自分を100%の自分だと思っている。もちろん、再手術後に痛みから解放されればうれしいけれど」と、ポジティブ志向で前へ進む。
 「僕が襲われ大けがを負ったことで『米国社会には暴力やアジアンヘイトがあって怖いから』と留学する若者がいなくなったら悲しい」と心配する。「そうならないために『復活しなきゃ』と思う。日本に帰ってしまったら差別や暴力に屈することになるので、乗り越えて、後に続く人に勇気を与えたい。世界中からニューヨークに来たい思う人が出てきてくれるためにも頑張りたい」と再起を期す。
 海野さんを襲った少年少女の集団は黒人だったが、人種で偏見は持たないし、犯人を恨んではいない。その理由に恩師やレジェンドから受けた愛を挙げる。「黒人の音楽であることと、僕を助けてくれた大尊敬する人たちから与えられた愛が大きいから。普通ならバンドに入れないのに、かわいがってもらった。信じられない。憧れたバンドに入り、夢がかなって学んだことは、とてつもなく大きいものだった。そういう経験がなかったらつらかったかもしれず、恨んでいたかもしれない」
 暴行事件後の自身の音楽の変化について「音で表現した場合、今後は事件前とは全く違う音楽が生まれると信じている」と語り、実際、日本で今月12カ所で公演して、そう感じたという。「経験がどうしても音楽に表れるので、変わってきている。同じものになるとはは思えない」と話す。今後の演奏が楽しみだ。

同じ境遇の日系・アジア人
ヘイトに同情、励ます声多く

今月行った日本ツアーで、ブルーノートでの公演後の海野野雅威さん(左)とオーロラ日本語奨学金基金の阿岸明子代表

 事件後、日系人やアジア系から非常に多くのお見舞いや励ましの声が届いた。驚いたことは、「自分もひどい目に遭った」「警察が事件として扱ってくれない」など、触れたくない嫌な過去を明かす声だった。人種差別の被害が多いこと、アジアンヘイトが存在することを確信した。
 日系人について、強制収容など暗い過去を挙げ「ひどい思いをして、不当に扱われた。なのに歯を食いしばって頑張った先人をリスペクトしている。勤勉で真面目といういい印象が米社会で作られ、今の世代にも受け継がれている、苦労された日系の方々に共感している」と、敬意を表す。
 今公演に関して「いろんな思いが詰まっているジャズが聞けるチャンス。音楽でしか発せられないメッセージ、元気になれる励ましや希望を感じてほしい」と来場を呼び掛けた。
 演奏するトリオは百戦錬磨のベテラン。ベーシストのハッサン・JJ・シャコウはスイングが持ち味。「バンド全体をすさまじいスイングの嵐にし、違うレベルに連れて行ってくれる」と興奮気味に話す。ドラマーのチャック・レッドは、ビブラフォンもこなす多才なミュージシャン。「素晴らしい仕事をしてくれる」と胸を張る。3人が互いに尊敬し合う仲で、「いい音楽しか生まれない」と、公演の成功に自信を示している。
 オーロラ基金が行う日本語教育や、日本に関するプロジェクトを実行する人材の育成などの有意義な活動に賛同し、公演への出演を快諾した。
 自身が巻き込まれた暴行事件について「なぜ事件が起きたのか? どうしたら起きなかったのか?」と自問し、「日本やアジアに対する正しい理解が欠けていたから」と、自答する。米国人の中に日本を愛してくれる人が増えることは、そういう不理解をなくす一つの手立てになると考える。「日本で学びたい若い人の活動を援助するオーロラ基金は平和活動につながる。社会をよりよくするために大事な活動をしている」と、エールを送る。
 チケットは、指定席100ドル(公演と公演後のレセプション)、自由席は40ドルと20ドル。購入はJACCC—

 https://ci.ovationtix.com/34497/production/1085313
 またはオーロラ基金—
 aurorafoundation@usa.net
 www.jlsf-aurora.org

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