
ハンティントンビーチ市の歴史的建造区域ウインターズバーグにある築112年の牧師館(マンス)で2月25日、火災が起こり日系米国人の歴史における重要な一端が消失した。牧師館は、ハンティントンビーチにある初期日本人コミュニティー史跡として重要な6棟の建物のうちの一つだった。
ハンティントンビーチ市議会議員のダン・カルミック氏は、娘を保育園に送っていく最中の午前8時55分、ニコルズ・レーンとワーナー通りの交差点で火災を目撃した。同氏は火災の様子をビデオで撮影しソーシャルメディアに投稿。ボランティアで消防士を務めた経験のあるカルミック氏は「牧師館が炎に包まれているのが見えた。複数の消防車が消火にあたり20分後に火を消し止めた」と話している。
牧師館は、ウインターズバーグ日本長老教会に隣接する小さな建物で、かつては聖職者とその家族が教区の人々に奉仕するために住んでいた。

現在、消防署が検証を進めているが、ウインターズバーグ保存対策委員会のメアリー・アダムス・ウラシマ委員長は、放火の可能性があるとして調査を求めている。ウラシマ氏によると、この火災の直前には市と史跡の所有者であるレインボー・エンバイロメンタルサービスに対し、建物の破壊行為対策や管理の徹底を求める多数の声が寄せられていたという。
2014年、ウインターズバーグは、「米国で最も危機にひんしている歴史的建造物11選」に選ばれている。
ウラシマ氏は「この損失は計り知れない。国の歴史登録財の対象となる建造物が失われただけでなく、火災はオークビュー幼稚園と小学校の非常に近くで起こっている」と話した。
今回の火災は、大統領令9066号の署名から80年目を迎えた数日後に発生。また、気温が華氏30度台まで下がった寒波の後だった。
カルミック氏は、火災の原因についての推測は避け、地元の歴史の重要な一部が失われた点に言及した。同氏によると、ハンティントンビーチ市計画委員会での最初の投票の一つがウインターズバーグの取り壊しに反対するものだったという。「現場で炎や煙を見たときは、本当にがっかりした」とカルミック氏は語った。
ウラシマ氏は、敷地内から灯油の缶が発見され、落書きと何者かが建物に侵入した形跡があると説明した。「建物は火災の危険性とセキュリティーの欠如にさらされていた。私たちは建物のメンテナンス、落書きの除去、ゴミの清掃を手伝うと何度も申し出ていた。いい加減にしてほしい。結果、管理怠慢と放置によって建物は消失してしまった」。

同氏は羅府新報の取材に対し「牧師館はそれほど大きくはないが、記念碑的な建物で、幾千もの物語を秘めた6棟のうちの1棟だ」と説明している。牧師館は、オークビュー地区にあるレインボー・エンバイロメンタルサービスが所有するもので、ミッション(1910年建造)、金魚の養殖と花を栽培していたチャールズ・ミツジとユキコ・ヤジマ・フルタの家(12年建造)を含む六つの建物のうちの一つ。このうち4棟は、日本人移民が土地を所有することを禁じた13年の外国人土地法以前に建てられたものである。
牧師館には、38年から42年までウインターズバーグ日系長老教会を率いたショウヘイ・コウタ牧師が住んでいた。ウインターズバーグのブログに掲載された回想録で、コウタ家の長男であるタダシ・コウタ氏は「寝室の天井がとても高く、まるで社交場のようだった。しかし10〜15年後くらいに牧師館を訪れたとき、奥の部屋の天井に頭をぶつけたのを覚えている」と同館の思い出を語った。
41年12月7日の真珠湾攻撃の後、FBIがコウタ牧師を尋問しに来たとき、一家は牧師館に住んでいた。第二次世界大戦中、ウインターズバーグやハンティントンビーチに住む日系米国人のほとんどがアリゾナ州ポストン収容所に収監されている。
ウインターズバーグの火災は、日系人に由来する施設を襲った火災としては、昨年2回の放火被害に遭ったボイルハイツの金光教会の事件に続くもの。2021年3月には、東本願寺に火が放たれ灯籠が壊される事件があった。
ウラシマ氏は、放火調査を嘆願するEメールをハンティントンビーチ市長などに送るようコミュニティーに促している。バーバラ・デルグリーズ市長のメールアドレス—
Barbara.Delgleize@surfcity-hb.org
市議会のメールアドレス—
city.council@surfcity-hb.org 【グエン・ムラナカ】

