ビクター・ノブユキ・イトウ氏の名誉学位を、娘のスーザンさん(中央)とジュリーさんに授与するフォルト学長。同大学の日系人学生は1942年初めに強制的に収容所に送られため、学業を中断された(写真=マイキー・ヒラノ・カルロス)

 南カリフォルニア大学(USC)のアジア・太平洋諸島系同窓会(APAA)は1日、ランガム・ハンティントンホテルにおける「2022年度スカラシップ&ガラ」の席上で、第2次世界大戦開始直後、学校を追われ収容所に入れられた日系米国人の学生たちに学位を授与した。 
 1942年2月、フランクリン・D・ルーズベルト大統領による大統領令9066号発令後、西海岸の12万人の日系米国人の生活は根底から覆されることになり、同校に通っていた日系2世の学生たちへの教育は中断された。その償いとして、南カリフォルニア大学の2世学生たちに名誉学位を授与しようという動きは、2007年のフットボール試合でのテールゲートパーティーの企画から始まったという。

第2次世界大戦中に南カリフォルニア大学の歯学生だった父フランシス・スエオ・スギヤマさんの遺影を掲げるキャロライン・スギヤマ・クラッセンさん(右)と夫のアルブレヒトさん (代表撮影)

 「われわれは、学位授与について話し始め、スティーブン・サンプル学長(当時)に決議文を送ることにした」と話すのは、当時同会の会長を務めていたジョン・カジ氏。「サンプル学長は2世学生を『名誉ある同窓生』として認めると言ったが、われわれはそれでは不十分だと思った」と説明する。その後、カジ氏のアイデアを聞いた同大学アスリートディレクターのマイク・ギャレット氏の呼び掛けで、08年の試合のハーフタイムにコロシアムのフィールドで2世学生たちを紹介する機会を得た。「観客の反応を見たとき、生死を問わず、戦時中に除籍となった全ての学生に対して謝罪と学位の授与が必要だと思った」とカジ氏は振り返る。
 カジ氏らの活動が実を結び、12年の卒業式では、ローランド・Y・カマチ氏、イワオ・ジョージ・カワカミ氏、ヨシテル・ゲイリー・キカワ氏、ユタカ・コーディー・コダマ氏、ジョージ・ミオ氏、リョウ・ムネカタ氏、ヒトシ・サメシマ氏、サツヨ・ワタナベ・タナカ氏、フランク・タカシ・トウフクジ氏の9人に名誉学位の授与が行われた。しかし、すでにこの世を去った人たちにも同じような評価を与えようという動きは、キャロル・フォルト現学長の目に留まるまで停滞したままだった。フォルト学長とカジ氏たちは、贈位を禁止する大学の方針にも臆せず、不当に教育を中断された2世学生全員に学位を授与することを求め、生存しているかどうかに関わらず、元学生たちの捜索を開始した。
 フォルト学長は1日の授与式で、戦中・戦後に学長だったルーファス・フォン・クラインスミッド氏が、2世学生の成績証明書の発行を拒否したことを含め、大学のこれまでの姿勢は不道徳で許しがたいものであったと説明。「これは個人のアイデンティティーと市民権を否定することであり、違反であり裏切りだ」と述べた。

式典後、アラン・クマモト氏と談笑するジョン・カジUSC APAA前会長(左)(写真=マイキー・ヒラノ・カルロス)

 フォルト学長は、現在同大学の歯学部に在籍し、この春卒業予定のニキ・カワカミさんの2人の祖父、タダシ・オチアイ氏とジョージ・カワカミ氏が除籍処分となった学生だったこと、また昨年、現在タイ在住で104歳のフランク・チューマン氏にビデオ会議を通して学位授与を行ったことについて触れ、卒業生たちとその家族が、不当な扱いを受けながらも大学を信頼してくれたことに感謝を述べ「私たちは、過去の過ちを忘れず、皆さんの物語を大切にすることを約束する」と誓った。授与式では「竹のようにならなければならない。人生で直面する激動の中で、自分が折れることを許してはならない」というチューマン氏の言葉も紹介された。  
 ジョアン・クマモトさんは、1942年に卒業予定だったが、同大学で最後の期末テストを受けに行く途中で学業を断念せざるをえなかった父親のジロー・オオイシさんの代理として参加した。クマモトさんは「大学がこのような取り組みをしているのは喜ばしい。しかし最も重要なのは、人種以外の理由で学生を除籍した他の政策にも大学が対応していることだ」と述べた。また「このような政策や意向が、今後誰にも適用されないことを願っている。それが一番大事なことだ」と訴えた。
 オードリー・ヤマモトさんは、授与式を終えてホテルに戻るバスの中で祖父の卒業証書を胸に抱いていた。「授与式では感極まっていろいろな感情があふれてきた」と話すヤマモトさん。「祖父は多くの犠牲を払ったが、決して不満を言わなかった。苦労を愛に変えてくれたからこそ、今の私たちがあるのだと思う」と語った。

岩石庭園の竣工式でスピーチする全米日系人博物館のロバート・フジオカ氏。歯学部の学生だった時にサンタアニータ競馬場の一時収容施設に送られたハワイ出身の父の思い出を語った
(撮影=マリオ・レイエス)

 授与式が行われた日の朝、南カリフォルニア大学のキャンパス内では、反省と追憶の意を込めて造られた日本の岩石庭園の竣工式(しゅんこうしき)が執り行われた。フォルト学長は、昨年、2世学生たちに名誉学位を授与する動きがあった直後、キャンパスの北東の角にあるこの場所に建設を承認したという。庭園は、造園家のカルビン・アベ氏が設計したもので、同氏は竣工式に出席しスピーチを行った。「除籍となった日系の学生たちは大学の一員だ。この庭園は過去に起こったことについて思いを巡らす場所であり、忍耐と希望を表現した」と述べた。玉石の上に積み重ねた石が立ち並ぶ庭園はキャンパスの方角に向いており、1930年代初頭に建てられた歴史的な卒業生記念塔と一直線になるように配置されている。アベ氏は生徒たちの「帰還」を象徴していると語っている。同氏自身もサクラメント近郊で農場を経営していた2世の両親の息子として生まれ、家族とともにアリゾナ州やアーカンソー州、カリフォルニア州の収容所に送られた経験がある。(マイキー・ヒラノ・カルロス)

1日に竣工式が行われたUSCの岩石庭園。第2次世界大戦で強制収容所に入れられた同大学の日系学生を追憶するために造られた (写真=マリオ・レイエス)

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