小東京のオニヅカ通りにある複合住宅施設「Ātо」の壁画。マルチメディアアーティストのケント・ヨシムラ氏がオニヅカ氏にささげた作品で、ポール・ジュノ氏、ジュリアン・カレール氏と制作した。(写真提供=ケント・ヨシムラ氏)

 「あなたの人生を大切にしてください。あなたが努力したからこそ、世界はより良い場所になるのです」         エリソン・オニヅカ
 ケント・ヨシムラ氏のパブリックアートは、激動の時代に小東京が抱いた希望や夢を体現する美しく永続的な証となるだろう。新築の複合住宅施設「Ātо」の北と南の壁に登場した50×50フィートの大作は、宇宙飛行士の故エリソン・オニヅカ氏が少年時代に宇宙飛行の未来を夢見ている姿を描いている。
 スペースシャトル「チャレンジャー号」の事故でオニヅカ氏ら乗組員が亡くなってから、来年1月で37年がたつ。オニヅカ氏は1985年の二世週祭のパレードマーシャルを務めた。小東京のウェラーコート側にあるオニヅカ通りとそこに設置された記念碑ではオニヅカ氏の栄誉がたたえられている。

南側の壁画の前に立つヨシムラ氏。壁画には空を見上げ未来を夢見る若い頃のオニヅカ氏と、ロケットが描かれている (写真=マリオ・レイエス)

 ヨシムラ氏はインスピレーションを得るために、オニヅカ氏の人生と小東京の歴史についてリサーチを開始したという。また、故レイ・ブラッドベリの短編集「ウは宇宙船のウ(R Is for Rocket)」も参考にしている。北側の壁画は虫眼鏡で周囲の世界を探索する少年を、南側の壁画はハワイ州コナ出身の3世であるオニヅカ少年が空を見上げ、その後ろに発射準備をするロケットが描かれている。
 ヨシムラ氏は羅府新報の取材に応え、「小東京のウェラーコート一帯の中心に位置するこの壁画で、アジア系米国人として初めて宇宙に行ったエリソン・オニヅカ氏だけでなく、夢という大きな概念を表現することができるのではないかと思った。小東京の住民であることの意味、そしてロサンゼルスという巨大な都市の中のこの小さな町で、誰もが自分たちの枠を超えた夢を持っているというコンセプトを基に、制作した」と熱く語った。
 英語で「芸術」という意味を持つアートを日本語風につづった「Ātо」は、オニヅカ通りのダブルツリーホテルの向かいに建設中の複合住宅施設で、コンドミニアム77戸と屋上に居住者用の広々としたデッキがある。1階には店舗スペースが設けられる予定で、現在分譲価格60万ドル台から先行販売が始まっている。
 ヨシムラ氏はオニヅカ通りの同壁画のほか、2020年9月にテラサキ武道館で「To Catch the Moon」を、その1年前にフランセス・ハシモトプラザ側に「Through the Blossoms」を描いている。いずれの作品にも、サン・ビルディングや歴史的なグレープフルーツの木、やぐら、東本願寺、友情の結び目など、日本町でおなじみのシンボルが登場しており、小東京に住む住民やビジネスオーナーにとっての小東京を考える瞑想のような作品になっている。ヨシムラ氏は「作品を見てもっと小東京のことを考えてほしい。小東京は常にジェントリフィケーション(都市の富裕化現象)にさらされていると感じている」と危機感を募らせる。

壁画を完成させ、落款を描くケント・ヨシムラ氏(奥上)らとジュリアン・カレール氏(写真=マリオ・レイエス)

 壁画は、ヨシムラ氏と制作チームが一つの壁画に6日間、もう一つに2日半かけ、気温が華氏100度を超えた暑さの中で作業を行い、10月20日に完成した。制作チームには、ポール・ジュノ氏やジュリアン・カレール氏が参加した。ヨシムラ氏とジュノ氏は21年に3街とロサンゼルス通りにあった小東京アートコンプレックスで起こった火事で作品が焼失した経験を持つ。この建物はつい最近再び火事に見舞われており、ヨシムラ氏は夕食に出かけようとしたときにその知らせを受けたという。「すぐに『信じられないことが起こった』とポールにメールした」と当時を振り返る。
 ヨシムラ氏の壁画は、変化し続ける小東京の瞑想録のようなものだ。スモークショップや「シューパレス」のような今時の店がオープンしても、テラサキ武道館や風月堂、羅府新報はこの地域のスピリットに忠実に寄り添っている。「小東京から日系人のアイデンティティーが失われるリスクは常にある。けれど私たちの文化の歴史は忍耐と努力そのもの。そのおかげで私たちは小東京に根を張り存在感を高め続けることができた。壁画はそのような何か、つまり『大きな夢を見る』という考えを反映していると思う」とヨシムラ氏は語った。(グエン・ムラナカ)

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