「風の街」の異名を持つこの街で、ミシガン湖から吹き付ける冬の風が高層ビルに当たって吹き降ろすいわばミシガン颪(?)は、風の強さによって体感気温が10度くらい下がるのは常であり、半世紀この街に住んでも決して慣れることはない。
 今年の春のある日、処方箋が変わって飲み残した薬を瓶ごと廃棄するために、廃棄ボックスが常設されている近くの警察署に行ったところ、署内の床には所狭しと毛布や簡易のエアマットが置かれ、そこで初めて南米からの避難民を目の当たりにした。テレビのニュースでは見ていたが実際に見たのは初めてで、少なからずショックを受けた。数週間して再び警察署の前を通ると、今度は署内のロビーに入りきれない避難民の家族が、花壇の中まで板囲いやナイロンのテントを張り、落ち着き先を待っている。
 シカゴ市が避難民を受け入れると宣言した途端に、連日のように大型バスに乗せられた避難民が続々と送り込まれ、市はなすすべもなく警察署のロビーやマーケットの駐車場に彼らを置いたまま数カ月が過ぎ、ハロウィーンには初雪が降り避難民をそのままにしている市の無策に非難の声が上がり始めた。
 とうとう他州に習って2千人が収容できる大型のテント村を早急に作ることになり空き地を見つけて整地を始めたが、そこには人体に有害な化学物質が廃棄されていることが判明。市民の反対デモにも耳を貸さず遮二無二工事を進めたが、あと2週間で入居という時点で州知事から待ったがかかり、工事は振り出しに、つまり土地探しに戻った。その間あまりの寒さに故郷のベネズエラへ帰ると街を出て行った家族もいる。暖かい気候に慣れた人々を、どうしてシカゴのような街に送り込んできたのだろう。
 避難民がやっとの思いでたどり着いた国境の州は彼らを受け入れる気持ちはサラサラなく、手に持つには熱すぎるポテトを早く他州に渡したかっただけなのだ。
 ついでに言えば、シカゴにも高速のガード下などに相当数のホームレスがいるのだが、今や彼らの事はすっかり忘れられているようだ。(川口加代子)

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