第33回五輪大会が11日、17日間の日程を全て終え幕を閉じた。今回は日本から409選手が登録、金20、銀12、銅13と計45個のメダルを獲得し、金メダル数、メダル総数ともに海外の五輪では過去最高という快挙だった。
 そのため今回の五輪では「君が代」を聞く機会がたびたびあったが、正直言ってそのたびに胸にジーンと迫るものがあった。テレビでは、過去の大会での無念を晴らすために、あるいは数々の障害を乗り越えるために、パリに至るまでに格闘してきた選手らのドラマを紹介していたが、まず、そうしたドラマ一つずつに心を動かされた。国を背負って競技している選手らの気概。それが日本人として生まれ育った私の心に響いてくるのだった。そしてそこに、幼少時からたびたび耳にし歌ってもきた「君が代」が流れてくる。それは、たとえ米国暮らしがどんなに長くなっても、自分の祖国はやはり日本であるということを実感する時間なのだ。だから、心を震わせるしかないのだと思う。
 それにしても、日本人選手らの活躍には目を見張るものがあった。メダルまで手が届かなかったにしても、日本人として初めて決勝まで進んだり、入賞を果たしたり。日本新記録やアジア新記録も枚挙にいとまがない。自己新記録にしても、それまでの自己最高記録を乗り越えた立派な成果である。新しく加わった競技でも、五輪初出場でも、怖気づくことなく体をぶつけた。競技の後、他の国の選手と抱き合い言葉を掛け合う日本人選手の笑顔はとても光っていた。米国はじめ日本以外の国々の選手らも、多くの感動を分けてくれた。
 閉会式の最後には五輪旗がパリのイダルゴ市長から国際オリンピック委員会のバッハ委員長に戻され、続いて、バッハ氏から次回2028年五輪開催地であるロサンゼルスのバス市長に手渡された。その姿をテレビで見ながら「わが街」の市長の雄姿に思わず感激してしまった。そしてそれに続いて米国国歌が歌われた際には、なぜか目頭が熱くなってしまったのだった。(長島幸和)

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