20年ほど前に訪れた時は福岡からのフェリーで、日本でヒットした懐かしい曲のタイトルにもなった釜山港からの入国であったため、釜山駅周辺だけしか訪れなかったせいか、今回はどこを見ても初めての街を訪れたような景色でした。特に海雲台(ヘウンデ)地区に海沿いに無数に建てられた景観の良い高層の建築物は、韓国第2の都市であることに納得します。治安も良く、日本とも時差がないので、外国にいるような気がしませんでした。
外国人だと思い知らされるのは、ハングル文字だけの表記で理解できず、英語も日本語も通じない時でした。ですがそんな時にはほとんどの人がスマホで翻訳文を示してくれました。地下鉄で優先席に座る若者もおらず、道を聞けば言葉が通じなくても目的地に同行しようとしました。また、小雨が降ってきた時に傘を持っていない人を見かけると、率先して外国人にでも傘を差しかけるという紳士的な振る舞いは、日本を含めた他の国々でも経験したことがありませんでした。
目上の人を大切にする伝統的な家族観もあってか、釜山で受けた良き習慣は、外国から来た私たちにとって優しい気持ちにさせてくれるものでした。個人的な利益を優先する社会に長年暮らしていると、他人を思いやることを忘れてしまい、寛容さを忘れ、いずれあつれきや衝突を生むことになります。それが国民レベルや政治レベルになり、お互いが自分の主張を言い合います。その先にあるのが戦争です。
釜山から戻ると、ノーベル平和賞を日本原水爆被害者団体協議会が受賞したというニュースが流れてきました。「長年の努力を積み重ねて、世界を変えた団体や個人に贈られる」というアルフレッド・ノーベルの言葉が添えられました。良い習慣も、核兵器廃絶への運動も数年で結論を生むことはありません。良い習慣が根付くのに長い年月がかかるのと同様に、長期的な活動があって初めて、平和が保たれるのです。
「釜山港に帰れ」では、「トラワヨ、プサンハンへ」と歌われます。その歌詞のように、もう一度戻りたいと思った滞在でした。(アサクラ ユウマ)
