松豊会一門による三味線、太鼓、かね、歌の演奏
公演の幕開けで三味線合奏に合わせて「松寿三番叟」を踊る坂東拡三也師(左)と坂東秀十美師

 日本民謡の松豊会(佐藤松豊師)はこのほど、創立60周年を記念するおさらい会をガーデナのケン中岡センターで開いた。来賓に在ロサンゼルス日本総領事館の青島尚重首席領事を迎え、司会は竹内麻衣さんと岡本恵子さんが務めた。鳴り物は望月太八文師、尺八は上村佳師、舞踊は坂東秀十美師と坂東拡三也師が出演し、公演を支えた。望月師は日本民謡舞踊里風会の家元・里風花朋師でもあり、松豊会に新設された「舞踊部」の指導を日本から行ってきた経緯を持つ。この日は多くの舞踊が披露され、舞台は華やいだ。
 公演の幕開けは松豊会のメンバーがずらりと並び、三味線合奏に合わせて坂東秀十美師と坂東拡三也師が舞う「松寿三番叟」で始まり、熊本県民謡「キンキラキン」と「ポンポコニャ」、童謡「ふるさと」が続いた。その後は、入門間もない新弟子から名取、師範まで、松豊会門下が全国各地の民謡を披露し、演目は38番に及んだ。

美声を響かせる佐藤松豊師

 舞踊部は熊本県の「よへほ節」を11人で、「佐渡おけさ」を里風師と共に17人で踊り、観客を魅了した。松豊師が歌う愛知県民謡「岡崎五万石」では坂東拡三也師が、小杉真りささんが歌う端唄「梅は咲いたか」では坂東秀十美師が踊り花を添えた。2人は大和楽「舞」も演じ、拍手喝采を浴びた。
 松豊師の得意の演目「民謡玉手箱」では、トークを交えて民謡を披露し、その美声が響き渡った。続く里風花朋師は「越中おわら節」を踊り、フィナーレは全員による「ドンパン節」の合唱でにぎやかに幕を閉じた。
 松豊師は、日本民謡の大家・佐藤松子師の内弟子として修業後、サンフランシスコで10年、ロサンゼルスで50年、民謡を教授。数百年受け継がれてきた民謡を米国の若い世代に広める情熱を持ち続けてきた。渡米60周年を迎えて、自身の活動経歴や今後の方針、グループ運営の課題について語ったが、特に舞踊部新設には、25歳まで修業した日本での大舞台やテレビ出演の経験が影響しているとし、「ロサンゼルスでも本格的で華やかな踊りを根付かせたい」との意欲を示した。頭に灯籠を乗せたり、そろいの衣装を身に着けたりした踊り手が居並ぶ姿は壮観だ。これらは松豊師にとっても日本で若い頃に見て憧れた光景だという。

「越中小原節」を踊る里風花朋師

 これまでを振り返り、活動を支えてきた日系コミュニティーへの感謝を述べ、師匠や弟子、周囲の協力が活動の原動力だと話した。また、南カリフォルニア民謡界の課題として、かつては15団体が所属していたこともある南加日本民謡連盟が現在はわずか5団体に減少している現状を挙げた。舞踊部の立ち上げに関連して外部講師招致のための資金積立や生徒確保など具体的な目標を示した。舞踊部の立ち上げに協力した里風師は「歌と踊りがあると舞台が華やかになる。当地で民謡指導者の減少を憂慮する松豊師の思いに応え、伝統を残すため、私も踊りの指導に力を尽くしたい」と述べた。

頭に灯籠を乗せて踊る舞踊部の会員

 松豊会は設立以来、カリフォルニアを拠点に三味線や民謡の普及・継承に尽力し、当地で日本文化を守り、多くの人に感動と学びを提供している。民謡は地域の暮らしや労働、自然との関わりを記録した文化であり、その中の祈りや願いは今も人々の心を打ち続けている。一時は引退を考えたが、健康診断で問題なしと診断され、「もっと働いてください」と医師に言われたことから活動継続を決意。後継者である娘の真リサさんと共に、ロサンゼルスで民謡・民舞を未来へとつないでいく。
 日本から離れた土地で伝統文化を大切にする人々の活動は、日本を離れて何年もたった日本人や米国生まれの日系人、そして若い世代が自らのルーツに気付き、誇りを持つきっかけとなっている。(長井智子、写真も)

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です