2012年ニューヨークで独立系日本短編映画祭を設立して以来、たくさんの映画を見てプログラミングしてきた。
ドラマでは主人公に感情移入し、音楽に心を揺さぶられ、未知の世界を模擬体験する。一方、ドキュメンタリーでは知る由もなかった人物や出来事、風景と出会い、驚き、興味を抱き新しい扉が開く。映像は文字よりもはるかに情報量が多く、映画からたくさんのことを学ぶ。
そんな10年を繰り返した頃、「映画は見るもの」から「映画は作るもの」へという考えが生まれた。ロックダウンを余儀なくされたパンデミックがあったのも理由だが、思考は深まる傾向になり、人生で大切なものを見つけようと、これまでと違うことに挑戦しようと思ったに違いない。
14年に製作した短編映画「The Apologizers」(鈴木やす監督)で映画音楽の部分で貢献し、アソシエートプロデューサーという冠をもらった。しかし、実際に映画をプロデュースしたのは京都の書家についての短編ドキュメンタリー「守破離」(23年)だった。この時、初めて映画を「作る」現場とプロセスを目の当たりにし、映画製作の楽しさと大変さを知った。そして先月、同題の長編版に共同プロデューサーとして参加した。
今回は、コストがかさむキャストやクルーの食事の提供者集め、プロダクションアシスタントの手配、ロケーション探し、後ろ姿と脚が映るだけのエキストラ出演と、マイクロバジェット映画ならではの「何でも屋」を体験、ほぼ全撮影に携わった。
一番面白かったのは同じシーンをカメラの位置を変えて、引きやアップで何テイクも撮り直すことだった。役者は待つ時間が長くテンションを保つのは大変だろうに、監督がオッケーを出すまで同じせりふ(時にアドリブが入る)を何度でも演じる。その能力には心底感心した。
スクリーンの登場人物たちは、撮影前にせりふを練習し、監督の世界観まで試行錯誤しながらカメラの前で演技を続ける。
人生も同じ。チャンスは一度だけではなく、「アクション」と「カット」を繰り返すように、何度も挑戦して自分らしさを見つけていく作業なのだ。エンドロールが流れるまで。(河野 洋)
