
デッカー氏は、1958年にスタンフォード大学経済学部を卒業後、米国海軍に入隊した。第7艦隊に属し訪日経験があり、日本をこよなく愛する。
退役後は金融の道に進み、ウェルズ・ファーゴのグループ2社で社長兼最高経営責任者などを務めた。その後バンク・オブ・アメリカに移り、副社長兼加州南部上級執行委員として、西海岸の日本企業への融資に多数かかわるとともに、日本企業と米国企業の交流促進に積極的に貢献した。

引退後は、当地の日系団体、日系企業、現地企業および政府関係機関の間で親密な人脈形成ができるように交流の場を設け、日米両国の指導者層間の円滑な関係構築の手助けを続けている。
伝達式で、総領事があいさつに立ちデッカー氏の経歴を紹介した。日系企業の業務を支援した金融・銀行業と、日本と日系諸団体のための社会奉仕の両面での功績を絶讃した。日米関係の発展に尽力した数々の中で「特に日本の財界から招いた多くの講演会を催し、小渕総理のロサンゼルス訪問も実現させた」とたたえた。「デッカーさんのおかげで、日米関係が促進した。デッカーさんは、日本のよき友で、これからも東京のことを気に掛けてほしい」と祈念した。
デッカー氏が謝辞を述べ、この日の参列者と、これまでに属した関係各団体で支援を得た人々に謝意を表し「日米2国のために活動した功績が認められ今日ここに叙勲でき、光栄で本当にうれしい」と素直に喜んだ。日本とのかかわりは、初訪日した50年代の終わりで「まだ戦後の復興途上だった」と振り返り、訪れた各都市の名を列挙し思いを馳せた。本業で日本と日系企業の役に立ったことを誇りながら「南加日米協会は日米の関係と日本文化の紹介、ビジネス交流のために活動し、全米日系人博物館は、米国で日系移民とその歴史を伝える役割を果たしている」と説明。「これら重要な2団体にかかわることが光栄である」と述べ、今後のさらなる活躍を誓った。

同館館長のグレッグ・キムラさんは、デッカー氏について「理事として長年、活躍してくれている。日系の歴史と日本文化をよく知り、国際ビジネスでも日本とアメリカのために多大な貢献をしてくれた。みんなで叙勲を祝いたい」と述べた。南加日米協会のダグ・アーバー会長は「トーマスは、日米関係のために尽力し、われわれの団体と日系社会が誇るすばらしいリーダーだ」とたたえる。日本から基調講演者として政財界から重鎮を呼んだ業績を強調し「リーダーシップを発揮し、決断力が速く、それが英断であることに驚く。いつもアドバイスを仰ぎ、教わったことは私の財産になって役立てている」と話した。
デッカー氏は、日本と日系社会のかかわりについて「母方の家族が中国と台湾、韓国と親しくし、日本にも少しかかわりがあったので、私は小さい頃から日本に親近感があった」と説明した。親日感情を強めたのは、従軍して訪日した時だったといい「戦後の厳しい時期にかかわらず、(敵対国だった)米軍人の私に優しくしてくれた。そのことが忘れられなかった。それ以来、日本とアメリカの役に立つ何かをしたいと思い立った」と語った。活動を通し多くの親友ができたことを一番の喜びだとし「人と人、国と国との付き合いが、こんなにすばらしいことを気づかせてくれた。私を助けてくれたすべての人々に『アリガトウ』といいたい」。日本の金融、経済については過去20年の不況から立ち直る兆しが感じられるとし「『アベノミクス』に期待をしたい。日本の活況は、アメリカ経済に好影響をもたらすので、回復を願いたい」と述べた。【永田潤、写真も】

