野球交流を振り返り「日本の野球界の助けになることができ満足している。生涯の友情を持つことができた」と喜び、その一例として「長嶋さん、王さんと家族ぐるみで付き合い、とても楽しかった」と紹介。「野球は私にとって、とてもよい日米の懸け橋になってくれた」と語った。
野茂さんに向け「ヒデオ、ここまでよく来てくれてありがとう。君のドジャースへの貢献を忘れはしない。君はいつまでもドジャースのファミリーだ」と絆を確認した。ファンに対しては「ドジャースが、首位を維持してくれることを願っている」と、気配りを忘れなかった。
式典は、毎年の恒例イベント、ジャパンナイトの中で行われた。日系社会を代表し、二世週祭からテリー・ハラ実行委員長と、同祭女王とコートがあいさつし、ロサンゼルス祭太鼓が力強い演奏を披露。君が代をソプラノ歌手の竹下圭子さんが独唱し、ハローキティが始球式を務め、オマリー氏の叙勲に花を添えた。
式典後、記者会見が開かれ、オマリー、野茂両氏と総領事が臨んだ。総領事は「今夜は、われわれにとって特別なイベントだった。ドジャースから式典会場を借りることができ、ジャパンナイトの中で伝達式を開くことができた」と謝意を表した。オマリー氏の旭日中綬章について説明し「今春に受章し、勲位がとても高い。ここで伝達式を行うことができ、すばらしかった」と述べた。
野茂氏は「オマリーさんが勲章をもらった時のニュースを聞いて、すごくうれしく思った」「長年、日本の野球に対して、すごく力を注いでもらった。日本に野球の文化が根付いていて、オマリーさんの力がなければ、今の日本の野球界の発展はなかったと思うので感謝している」
約1年前にオマリー氏は、訪日した。その目的は、昨年に野球殿堂入りした野茂氏の表彰セレモニーに参列するためで「とても、とても幸せな時を持つことができた」と回想した。野茂氏との関係について「ヒデオとは、とても親密で、本当に強い絆で結ばれている」と強調。「すべてのオーナーと選手が、われわれのような関係にあるわけではない」と説明した。
日本との交流の重要性をあらためて説き「日本に何度も行き、キャンプ地には日本のチームを迎え入れた。監督、コーチ、選手が語り合う姿を見て、日米交流をやって本当によかったと思った。50年間も日本と交流したことは、信じられない。とても楽しむことができ、感謝している」
父親と約半世紀にわたり球団経営に携わったオマリー氏。日本球界との絆を深める交流事業も父子2代にわたって行った。父ウォルター氏は1966年、日本政府から勲三等瑞宝章を受章した。
長嶋茂雄・元巨人監督と、王貞治ソフトバンク・球団会長のメッセージが大型スクリーンに映し出され、両氏は祝意と謝意を込めた。オマリーさんが行った日米の野球交流の写真も紹介された。オマリー氏は、感慨深げな表情を浮かべ、若き両氏の往時をしのんでいた。
長嶋氏「本当にうれしい」
ピーターさんには、昭和36年に初めて会いました。その時にジャイアンツが向こう(フロリダ州ベロビーチ)にキャンプに行きまして、ピーターさんが、約40日いたジャイアンツのチームを全部しっかりと、まとめてくれました。
ピーターさんとは半世紀近くお会いしていまして、すばらしい章をもらって、本当にうれしいです。
王氏「大恩人と思います」
オマリーさん、受章おめでとうございます。オマリーさんと、われわれジャイアンツは、本当に長い間、強い絆で結ばれてました。本当にわれわれを親戚の者のように手をとり、足をとって、教えていただきました。
そのオマリー家の熱い思いが、今の日米の関係そして、日本の野球のレベルを上げていたんだろうと思います。日本の野球にとっては、オマリーさんは、大恩人だと思っております。どうぞ、これからも元気で、野球の発展のために大いににがんばってほしいと思います。本当におめでとうございます。