車を運転しない私の移動手段は、普段は時間と事情がゆるせば、もっぱらシニア・ディスカウントで一回1ドル15セントの市営バスや電車を利用するが、急ぐ場合や天候によってはウーバーのお世話になる。
 タクシーでもウーバーでも、どんな運転手に当るかで、目的地までの15分か20分の間に、ちょっとした会話から、私の知らない世界が開けることもあり、A点からB点へのただの移動に終わることもある。
 愛想は良くても、のべつ幕なしに喋りまくって、相づちを打つだけで疲れる運転手も居れば、朝からワイフと喧嘩でもしてきたのかむっつりと不機嫌で、乗せてもらっても、何だか居心地の悪いのもいる。
 先日は小雨の降る夜、利用したウーバーの若い運転手の名前はジェームス君。
 彼の英語が流暢だったので外国人だとは思わず、ダウンタウンから市内北部まで走ってもらうのが気の毒な気もして、「何処に住んでいるの」と訊ねたところ、「何処から来たのか」と聞かれたと勘違いしたらしく、ナイジェリアから2年前にシカゴに来たと答え、ナイジェリアは気候が良くて美しい国だが、政治が悪いから帰りたいとは思わないけれど、残してきた家族に会いたいと、バックミラーの中の彼の目がはにかんだように笑った。
 昼間は大学でコンピューター・サイエンスのコースを取り、夜はウーバーの運転手、卒業したら仕事を探して家族を呼びたいと言い、「それが今の僕の夢」と半分自分に言い聞かすように続けた。
 自宅の前の道路が一方通行で、近頃交通量が増えて、夜も車が頻繁に通るので、この夜もウーバーが止まって降りようとすると既に後続車が2台も停止して私が降りるのを待っている。
 ジェームス君は身軽に運転席からすべりでて、荷物を降ろすのに手間取っていた私を手伝い、ショッピングバッグを歩道まで運んでくれると慌てて車に戻り、「有難う!」と言う私に手を振りながら走り去った。
 多分いまは学生ビザで滞在しているのだろうが、真面目に学び働いている彼の夢が実現するころ、ホワイト・ハウスの住人も入れ替わっていれば良いのだが。【川口加代子】

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