
南加の日系コミュニティーで顕著な活躍や社会の発展に貢献する女性を顕彰する「ウィメン・オブ・ザ・イヤー」の授賞式がこのほど、モンテベロのクワイエット・キャノンで開かれた。受賞した3人が、これを励みにより一層の社会貢献を誓うと、参加者約200人は大きな拍手を送りたたえた。
同賞は1963年に始まり、南加日系婦人会と日系市民同盟(JACL)ロサンゼルス・ダウンタウン支部が選出し、表彰式を毎春、共同で開催している。受賞者は、地域社会への献身、日本文化の発展への貢献、専門分野での卓越した業績、そして困難に直面しても揺るがない強さと勇気が評価された。
今年の受賞者は、ケイ・シズエ・カミさん、南谷いずみさん、山内繁子さん。3人はそれぞれの分野でリーダーシップを発揮し、長年にわたり所属各団体で要職を務めるなど、地域社会をけん引してきた。授賞式では、各受賞者の経歴や逸話が紹介されるたびに、拍手と歓声が沸き起こった。
カミさんは、祖父母の代から地元バレー地区の日系米国人社会に関わっている。サンファナンドバレー日系コミュニティーセンター(SGVJACC)の創設メンバーの1人である祖父の遺志を継ぎ、クラブの活動の際に食べ物や軽食を提供する他、大学で学んだ美術の知識を生かしてアーツ&クラフツクラブで指導している。また、両親が設立時に多額の寄付を行った高齢者施設「ニッケイ・シニアガーデンズ(NSG)」でも絵画教室を開いている。
授賞式では、地元コミュニティーから参加した仲間約60人から祝福を受け、「こんなに多くの人が来てくれるとは想像していなかったので、驚いている。ジョージ・ベイリーの映画『イッツ・ア・ワンダフル・ライフ』のようだ」と喜びを語った。さらに、「私は生まれた時から日系米国人社会で暮らしていて、コミュニティーの活動では昼食会を開くなど、他の社会にいてはできないことを実行していると思う。奉仕をするのは日系社会があるからで、自然に体が動いてしまう。今後も継続したい」と意欲を示した。次世代の若者に対しては、「私は決して大きなことをしているわけではない。若い人には、何か小さなことでもいいので、コミュニティーのために役立つことをやってほしい」と期待を寄せた。
沖縄出身の山内さんは米国に移住し、亡き夫・昌吉さんと共に4人の子どもを育てた。北米沖縄県人会(OAA)に約30年所属し、88歳とは思えない活力と情熱で、理事をはじめ要職を歴任。全てのイベントで救護ボランティアとしても活動している。また、世界ウチナーンチュ親善大使を務めた。
「小さい頃から芝居小屋に通い、演劇や音楽が好きだった」と話し、舞踊と音楽を通じた沖縄文化の継承に尽力している。真境名本流愛元の会に所属して各種イベントに出演する他、琉球箏曲興陽会ロサンゼルス支部のメンバーとして音楽活動も行っている。ガーデナバレー・バプテスト教会日本語部でも活動し、ボランティアを務める。さらに18年間、日系女声合唱団「さくらコーラス」に所属し、敬老施設やコンサート、資金調達イベントで演奏してきた。
沖縄県人会については、「沖縄の豊かな文化を伝え、皆が力を合わせて助け合い、県人会と日系コミュニティーを支える素晴らしい組織」と説明。「私が入会した時は1200人が在籍していたが、今は高齢化や州外などへの転居により800人に減った。それでも、文化・教育・社交のさまざまなクラブがあり、会員は活発に活動している。若い人が活躍できるクラブもあるので、ぜひ入会して沖縄の文化を伝えてほしい」と願った。
今回の受賞については、「とても光栄で、皆に祝ってもらってうれしい。ますます力が沸いてきたので、これからも頑張りたい」と語った。
南谷さんは1994年に他州からロサンゼルスへ移住し、ガーデナ平原日本文化センター(JCI)にある日本語学校で教え始めた。これをきっかけに、2000年からはJCIで、師範の資格を持つ池坊の生け花教室を開講。同年、池坊初の海外支部であるロサンゼルス支部に入会した。教授となった後は、現在は4カ所、かつては8カ所に教室を持ち、常に約50人という支部最多の生徒を抱えるなど、弟子の育成に力を注いできた。20年に支部長に就任し、23年の支部設立65周年では、京都の本部から池坊専永家元と池坊専好師を迎え、節目を祝う記念プロジェクトを成功に導いた。
さらに「いけばな教授会」副会長として活動し、日本総領事公邸や二世週祭などで作品を展示。07年以降はロングビーチ日系文化センターで活動し、20年に日系パイオニアセンターに加わった後は理事会入りしてリーダーシップを発揮している。また、ジャパンハウスや日米文化会館での活動を通じて、南カリフォルニアに生け花の精神と美を広め続けている。
生け花については、「花が大好きで、花を生けている時が一番楽しく、私にとっての生きがい」と語る。弟子の育成については、「生徒と私ではそれぞれ考え方が違うので、逆に学ぶことが多い。若い生徒の発想には新鮮さがある。一人一人の個性を尊重している。生ける課題、花材、花器は毎回異なるので、『一期一会』を心得るよう教えている」と説いた。
文化伝承者として誇りも強く、「海外にいる以上、日本文化を伝えなければならないと思っている。生け花を1人でも多くの米国人に知ってもらうためにも、生徒を育てる必要があるので、これからも続けたい」と述べた。
謝辞は受賞者を代表して山内さんが述べた。「それぞれの受賞は自分たち1人の力ではなく、地域の方々の協力があったからこそだと思う。皆さんに感謝したい」と語り、「今後もできる限り奉仕を続けていきたい」と誓った。山内さんは最後に出身地・沖縄の民謡を披露した。「人々のために尽くすことは、自分のためでもある」という意味を持つサビの歌詞を参加者に一緒に歌うように促すと、「ユイーヤー、サーサー」の大合唱が起こり、会場は一体感に包まれた。「皆さん、快く元気に働いてください」と呼びかけ、大きな拍手を受けながらスピーチを締めくくった。(永田潤、写真も)

