50冊もの英語、日本語取り混ぜた「放出図書」の中に目を引くものがあった。日本語の誤用、乱用を指摘したものをはじめ「日本語云々」の類のものが数册。
私の年代は日本語は正しい教育を受け、ネットに惑わされる世代でもないので、目次をぱらぱらっと見ても、「そうそう」と同調するものが多い中、それでも長年の疑問がいくつも解決したのは、面白かった。
「人間到る処青山有り」―
人の世ではどこで死んでも骨を埋める場所(青山)はあるものだ。という意味だが、「人間」を「じんかん」と読むのは知らなかった。じんかんとは人の住む世の中という意味。「人間万事塞翁が馬」もしかり。
昔の時代小説によく出て来る「小股の切れ上がった女」―
「すらりとしたいい女」のこととは何となく察しられたが、「小股」とは何なのかと…。「小」はちょっとを表す接頭語とある。「股がちょっと切れ上り、腰の位置が高く、足の長いすらっとしたという意味だ」とまでは辞書にも詳しく説明はない。ビートたけしの「コマチネ」ポーズは、はからずもこのことだったのかナ? これで「夕焼け小焼け」や「仲良し小好し」の「小」の意味もガテンがいった。
「閑話休題」―これも、「さて話し変わって」くらいの意味だと思っていたが、「閑話」は余談、「休題」するで余談を切り上げて本題に戻すという意味。だとすると間違った使い方をしている文章にはかなり出会っていた気がする。
最近特に気になるのが「圧巻」―
「すごい」という意味で使っている人が多いが…「圧巻」とは昔の中国の管理登用試験の答案で、一番優秀な成績だった答案を一番上に置いたことから、全体の中で一番良いという意味。「巻」は答案、圧は一番上から押さえること。「中でも圧巻は…」という慣用句を覚えておけば、「すばらしくて圧倒された」のような意味合いで使うのは間違いだということがよく分かる。
軟から硬まで、日本語に関する本が7冊も。この地で日本語にたずさわる仕事をしていた(私よりずっと若い)先輩からの「放出品」である。よく見ると、いずれも2002年刊行のもので、その年に彼女、猛烈に勉強してたんだ、と思わずニヤリとしてしまった。【中島千絵】