テープカットで横断歩道の完成を祝う関係者ら

 日系とウルグアイ系のルーツを持つアーティスト、ルア・コバヤシさんがデザインした横断歩道「Furusato:Home Sweet Home(ふるさと 懐かしきわが家)」が、サンペドロの6街とメサ通りの交差点に完成した。非営利団体「サンペドロ・ウォーターフロント芸術地区」は3日、同所で除幕式を開き、関係者がテープカットを行った。青を基調に描かれたクロマグロの群れが、かつてターミナル島を中心に栄えた日系漁業社会の歴史を今に伝えている。

 ロサンゼルス港内のターミナル島では戦前、フィッシュハーバー周辺に日系人漁村が形成されていた。日本から渡った漁業者とその家族は、漁業や水産加工、造船などに携わり、サンペドロのマグロ産業の発展に大きく貢献した。しかし1942年、日系人強制収容に伴って住民は島から退去させられ、地域社会は解体された。今回の作品は、その歴史と人々の記憶を日常の街角によみがえらせるものとなった。
 南カリフォルニア在住のコバヤシさんは、サンペドロのマグロ産業の礎を築いた日系漁業者の歴史を調べる中で、当時の写真に残る端午の節句のこいのぼりに目を留めた。日本の伝統的な魚拓、クロマグロ、こいのぼりを作品の主な着想源とした。さらに、宮崎駿監督のアニメーション映画「崖の上のポニョ」で、魚の群れが波のように押し寄せる場面からも影響を受けたという。映画の鮮やかな色彩を取り入れ、楽しく、人目を引く、躍動感のあるデザインに仕上げた。

 作品には、コバヤシさん自身の家族史も重なる。曽祖父の1人は日本から移住後、サンペドロで魚の行商に携わった。家族が入手したFBI資料に、曽祖父の職業が「魚の行商人」と記されていたことから、当地とのつながりを知ったという。曽祖父一家はその後、花卉(かき)栽培・苗木業を営んだ。第2次世界大戦中、家族が強制収容されている間は、近隣住民が家業を守った。

表彰状を手に笑顔のルア・コバヤシさん

 祖母は14歳でワイオミング州のハートマウンテン強制収容所に送られ、祖父もアーカンソー州のローワー強制収容所に収容された。コバヤシさんは祖母の死後、遺品を手掛かりにその人生をたどり、日系人としての伝統を守りながら米国人として生きることの意味を探った作品「Where a Forest Once Grew」を制作した。ボストン地域の日系米国人に受け継がれてきた品々を記録するプロジェクトにも取り組んでいる。

 父は公共芸術などを手掛けるアーティストのキップ・コバヤシさん、母も建築家で幼い頃から芸術に親しんで育った。2019年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)を卒業。21年ごろから、祖母の強制収容体験をはじめとする日系米国人の歴史を主要なテーマとしている。今回が自身初の公共芸術作品となった。
 式典にはロサンゼルス市議会第15区のティム・マコスカー市議、コバヤシさんの父や姉妹、おば、家族の友人をはじめ、ターミナル・アイランダーズ協会の関係者や地域住民らが出席。インプロブ・タイコの演奏で完成を祝った。

 作品に込めた思いについて、コバヤシさんは「マグロはサンペドロを象徴する存在だが、その始まりにターミナル島の日系漁業者がいたことを忘れないでほしい。彼らが漁法を工夫し、漁業や缶詰産業を発展させた。その大切なルーツを振り返り、かつての地域社会と現在の地域社会を重ねて見てもらいたい」と語った。

左から、サンペドロ・ウォーターフロント芸術地のリンダ・グライムズ、ティム・マコスカー市議、アーティストのルア・コバヤシさん、施工を行ったウェリントン・サインズ社のランディ・ウェスティンさん

 また、「この作品をきっかけに、人々が足を止め、サンペドロとターミナル島の日系米国人の歴史に思いを寄せてほしい。私たちが毎日通り過ぎる場所の中にも、記憶が生き続けていることに気付いてもらえれば」と願い、「地域の現在と歴史の一部になることを光栄に思う」と喜びを表した。
 主催の「サンペドロ・ウォーターフロント芸術地区」は、地元商工会議所の委員会を前身に、14年に非営利団体として発足した。壁画をはじめ、8カ所の雨水排水口や約25基の交通信号制御箱をアートで彩るなど、公共芸術を通じた地域づくりに取り組んできた。アーティストがデザインした横断歩道は今回が初めてとなる。
 エグゼクティブディレクターのリンダ・グライムズさんによると、横断歩道のデザインは公募し、3人の最終候補者の作品案をインスタグラムで公開。地域住民の投票で、コバヤシさんのデザインが圧倒的な支持を集めた。

 サンペドロは17年、地域固有の文化や芸術活動を振興する「カリフォルニア芸術評議会」の制度により、小東京などとともに、州内で最初の「カリフォルニア文化地区」14地区の一つに指定された。グライムズさんは「ルアさんは私たちにサンペドロの日系人史と漁業の歩みについて、多くのことを教えてくれた」と評価。異なる人種的、文化的背景を持つ芸術家が、それぞれの地域の歴史や文化を表現することを、「文化の交差点」と語った。

 横断歩道の事業全体は約3年前、ロサンゼルス港コミュニティー・ベネフィット基金の助成を受けて始動し、その後、芸術・文化地区の連合組織「アーツ・ユナイテッド」からも助成を受けた。コバヤシさんが公募を通じて制作に加わってからは1年余りを要した。
 実際の路面施工はウェリントン・サインズ社が担当。複雑な型紙と道路専用塗料を使い、夜間作業で魚が群れを成して泳ぐ姿を路面に再現した。マコスカー議員事務所と、港湾・公共事業担当ディレクターのアクセル・パラシオスさんも、許認可などで協力した。
 ターミナル・アイランダーズ協会のメディアディレクター、ジョージ・ヤマグチさんは作品を「素晴らしい」と評価し、ターミナル島に残る建物の保存や、日系史を伝える今後の催しへの協力をコバヤシさんに打診した。コバヤシさんは「以前から協会とつながりたいと思っていたので、とてもうれしい」と応じた。
 「Furusato」には、生まれ育った土地や心のよりどころとなる場所という意味が込められている。コバヤシさんが街角に放った魚の群れは、秘められた日系の歴史の足跡を次代へ伝えていく。 (長井智子、写真も)

6街とメサ通りの交差点に完成した横断歩道を渡る歩行者

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