これまでで、最高の男の花道を見せてもらった。守備を途中交代し同僚とハグ。試合後は総立ちのファンの大喝采を浴びて、手を振って場内を一周。最後まで映画スターのような勇姿をイチローは拝ませてくれた。今季選手に復帰させ、母国での引退試合という粋な計らい。その夢舞台を演出したチームに感謝したい。
 野球では「走攻守の三拍子揃った」と称されるが、イチローはそれぞれが「逸品」。俊足に好捕と強肩そして卓越したバットコントロールのどれをとっても美しく、アスリートというよりも「アーティスト」と形容したかった。
 第1回のWBCでは、日の丸を背負った重圧の中、若い侍ジャパンを引っ張った。取材をして印象的だったのが、2度戦った宿敵韓国戦。敗れた時は悔しさを押し殺すように不快感を会見場いっぱいに漂わせ、近寄りがたい怖さを覚えた。次に撃破した時は相手に敬意を払いつつ勝ち誇ったが、すぐに決勝戦に気持ちを切り替えていた。優勝を決め大きな日の丸を掲げ、王監督と見つめ合った笑顔が忘れられない。
 日本人初の米国野球殿堂入りは確実とされ、そして国民栄誉賞の声も出るだろう。この賞は過去2回、打診されたというが、若さと現役を理由に辞退した。その「言い訳」は、引退した今はもはや通用しない。凱旋帰国した際に受賞し、国民を喜ばせてほしい。
 引退会見では、後悔を否定。数々の本人の名言の一つに「努力の天才」があり、誰もが練習熱心を認めるように、やり尽くしたのだろう。「悔いはない」に偽りはみじんもなく、あの晴れ晴れとした表情に表れていた。そして「あんなものを見せられたら後悔などあろうはずがない」と言い切ったのは、もちろん大観衆の見送りだ。野球人として本望を遂げ、達成感に満ちた彼独特の言葉一つ一つに実感が込められていた。
 監督になることをきっぱりと否定。だが、誰よりも野球を愛するイチローらしく、草野球への思いは本心であろう。今度は引退はない。野球少年に戻った気持ちで、思う存分暴れ回ることだろう。【永田 潤】

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です