朝はその住人の声で目が覚める。会えばおはよう、仕事帰りはただいまとあいさつを交わす。元気? 何を食べているの? なんて話しかけることも。
 緑地帯のあるアパートの踊り場。ウミネコが卵を産み毎日温めている。去年はここで2羽の巣立ちを見届けた。年に数カ月、東京のど真ん中で、野生の動物を観察できるなんてラッキーだ。
 でも、昨日の仕事帰りに異変に気づいた。巣にウミネコがいない。エサでも取りに行ったかと思ったが、けさも不在。おまけに卵もなかった。
 「あなたみたいにカワイイと思う人もいれば、迷惑と思う人もいて対応が大変なんです」——突然卵もウミネコも消えた現場に、アパートの管理人と江東区の職員、そして私も立ち会うことになった。
 管理人の話では、近隣住民から苦情の電話があり、その後卵がなくなったという。彼はその苦情主が卵を盗んだのだと推理していた。区に寄せられる苦情も多様なようだ。鳴き声で眠れない、地面や屋根が糞で汚れる、洗濯物が干せない、などなど。
 ウミネコはカモメの一種で、近くの東京湾から餌を取ってくるらしい。区の職員によると、数年前まで上野の不忍池周辺にいたけれど、防除対策が進み江東区へ追いやられたのではないかとのこと。ウミネコの捕獲や卵の採取は法律で禁じられているので、対策は事前にネットを張るなどして防衛するしかない。人間とウミネコは共存できないものだろうか。
 一方で最近こんな話題もあった。愛媛県の道後温泉にあるコンビニの話。看板に巣を作って子育てをするツバメのために、その部分だけ電気をつけない配慮をしたそうだ。店主の優しい心遣いに思わずほっこりした。
 ウミネコがいなくなって心に穴が空いたような気持ちでいる。朝晩の楽しみが急に奪われてしまった。感じ方は人それぞれだけど、なぜそんなに了見が狭いのかと、苦情者に対してちょっと苛立ちを感じてしまう。
 野鳥だけではない。保育園の子どもたちの歓声や祭りのお囃子も「騒音だ」という苦情が多いとも聞く。これも自分に都合のいいことばかりを取り上げ、気に入らないものを徹底的に排除する現代社会の弊害なのだろうか。【中西奈緒】

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