パームスプリングスを走る愛車のワーゲンバス(Photo by Jun Hiraoka)

 「Van Life(バンライフ)」と聞いて何を思い浮かべるだろう。60年代後半のアメリカに誕生し、世界中に影響を与えた自由を提唱する「ヒッピー文化」に憧れを抱いた世代なら心の豊かさを求めてキャンピングカーで放浪する生活を想像するかもしれない。また、リタイアしたシニア世代の中には、夫婦で豪華なキャンピングカーでアメリカ一周を夢見る人もいることだろう。80年代以降、不況や失業で増加したホームレスを間近で見てきた世代は、「世捨て人」「不幸な人」など暗いイメージを抱くかもしれない。今年4月に行われた映画の祭典「第93回アカデミー賞」で作品・監督・主演女優賞の3冠に輝いたハリウッド映画「ノマドランド」で描かれた2008年の金融危機リーマンショックで仕事も家も失った中高齢者が「ノマド(遊牧民)」として車上生活をしながら季節労働者として働く過酷な暮らしを連想する人もいるかもしれない。しかし今、若者たちの間で静かなブームとなっているのは、家や大量の物、都市生活さえも捨てて必要な物だけをバンに積んで自由に暮らす次世代型のバンライフだ。
 「ノマドランド」の主人公ファーンが、自らの生き方を「私はホームレスではなく、ハウスレス」と語る場面がある。バンライフを謳歌(おうか)する現代の若者たちはまさに家という「箱」は持っていないが、ホームレスではない。身なりはきれいに整え、おしゃれにDIYされたバンの中には最新の家電がそろい、ソーラーパネルで自家発電もできる。バンで暮らしながら仕事もし、SNSでバンライフを発信して稼ぐインフルエンサーもいる。自ら起業してバンで仕事をしながら放浪するデジタルノマドなる若者も出てきた。暮らしが家という空間からバンに変わっただけで、本当に必要な最低限の物だけに囲まれたシンプルな暮らしがそこにある。それが今の若者が憧れるバンライフなのだ。

バンライフ2千日以上の平岡純氏

バンライフを送る平岡純氏(Photo by Jun Hiraoka)

 時代を先取りして2007年から6年間、日数に換算すると2千日以上、それを実践した日本人がいる。1993年に留学生として渡米し、現在はフリーランスのカメラマンとして活躍する大阪出身の平岡純氏だ。2004年に2代目となる「ワーゲンバス」の愛称で知られる73年型フォルクスワーゲンのキャンパーを購入し、バンで暮らすことを決めた、当時のLAでは唯一の日本人バンライファーである。きっかけは、出張の多い生活でアパートを借りていることが無駄に思えたことだった。家賃はもちろん、たまに自宅に戻っても掃除で1日がつぶれることに疑問を感じ、暮らせるキャンパーのバスを手に入れたことで、借りていたアパートをルームメートに貸し出し、自らは管理人となって自宅前の路上に停めたワーゲンバスの中で暮らし始めた。トイレやシャワー、キッチンを使う時は家に戻り、夜はワーゲンバスで寝るというデュアル生活だった。

平岡氏は初代1969年型ワーゲンバスで半バンライフをスタートさせた(Photo by Jun Hiraoka)

 その後、2007年に完全なバンライフをスタートさせた。夏だったが、上下左右360度から冷えるキャンパーは明け方には想像以上に冷え込み、日が昇ると室内はセ氏50度を超えることもあり、生活に慣れるのに時間がかかった。普段はベニスビーチを拠点にし、仕事がある時はそこから車を走らせ現場に行き、そこが新たな寝床となる。シャワーは24時間利用できるスポーツジムの会員になり、トイレやネットはスターバックスなどを利用。食事は日本食のお弁当屋やラーメン屋のお世話になりつつ、スーパーで買った新鮮な野菜をスライスしてパンに挟むサンドイッチはよく作った。冷蔵庫がないため、食べ切る分だけを買い、火を使わず切るだけの半自炊スタイルが、当時のバンライフには合っていた。一見不自由に思える暮らしだが、心の豊かさと自由を手に入れたと語る。「バンライフの魅力は、ビバリーヒルズだろうがベニスビーチだろうが、一等地に住めること。前日に現場に移動してそこで寝れば、通勤時間はゼロ。朝の交通渋滞の心配もなく、ギリギリまで休めるので逆に良い仕事ができる。通勤に片道1時間、往復2時間、それを10年間続けるとどれだけ人生損しているの?と思う」と平岡氏。

「不便を楽しむ生き方」と平岡氏

 そんな暮らしの中で、自身の代表作となったジャニーズの5組のメンバーと6カ国を回る旅番組のポスターと写真集の撮影という大きな仕事もこなした。バンライフをしながら一流の仕事ができたことは大きな自信につながった。今でこそ2000年代に成人を迎えたミレニアル世代を中心にバンライフは「クールでかっこいい」ものだと認知されるようになり、SNSにはインスタ映えするバンライフがたくさん投稿されているが、平岡氏が始めた当初はリーマンショックの真っただ中で、まだ一般的に車生活=ホームレスとみなされる時代だった。一番つらかったのは、「周りの人の理解を全く得られなかったことだった」と振り返る。「危険な環境に身を置く人」というネガティブなイメージを持たれ、会う人会う人に「そんな生活をしていてはダメだ。ちゃんとしろ」と説教もされ続けた。バンライフの難しさは、実は生活面での不自由さや大変さではなく、心の中で軽蔑、差別されているのが伝わってくることだった。しかし今、やっと時代が追いつき、「バンライフ=カッコイイになった」と笑う。

ベニスビーチに寝泊まりしていた2008年頃 。平岡氏の愛車(左)の後方にもバンライフを送る人のワーゲンバスが見られる(Photo by Jun Hiraoka)

 当時は今のような最新のテクノロジーなどない時代。かろうじてあったのは、誕生したばかりのスマートフォンだけ。「iPhoneがなければできていなかった」と平岡氏は語る。バンライフに欠かせないiPhoneの生みの親である故スティーブ・ジョブズ氏もまたワーゲンバスに憧れた一人だった。1976年に自らの愛車だったワーゲンバスを売却し、アップルを起業したのはデジタルノマド時代が来ることをどこかで予感していたからかもしれない。スマホがあればどこにいても仕事の連絡が取れ、Eメールもでき、ネットで必要な情報も得られ、外界から完全にシャットアウトされることなく必要なコミュニケーションを取ることができた。さらに時代は進化し、最新のバンライフを楽しむ今の若者たちの車にはポータブルエアコンやIHコンロ、ヒーターなど生活に欠かせない家電が搭載され、犬連れで気ままな放浪の旅をする者もいる。しかし、狭い車内では「モノ」を多く所有することはできない。それでも平岡氏は「不便を楽しむ生き方」だと言い切る。そして今、偶然にも時代は「モノを所有しない」「少ないモノでシンプルに暮らす」というミニマルライフがもてはやされる流れになっている。「こんまり」こと近藤真理恵さんの「断捨離」をテーマにした番組がNetflixで世界配信されて注目を集めているように所有と消費の時代に別れを告げて物質的な豊かさではなく、内面的な豊かさを人々が求める時代が来ている。そしてその究極の行先が、現代のバンライフではないか。

車生活、コロナ禍で新たな選択肢に

 もちろん良いことばかりではない。知らない土地で安心して寝る場所を見つけるのは難しく、深夜に警察に窓越しにサーチライトを当てられ、路上で生活しないよう警告を受けたこともある。そんな常に気を張る生活の中でも旅先で出会った人に「今日はうちの庭に停めて寝ていきなさい」と声を掛けられ、人の温かさに触れてささやかな幸せを感じることもあった。世界中からバンライファーが集まるベニスビーチでは、多大な影響を受けたバンライフの師匠と呼ぶべき友人にも出会えた。

ウエストLAで出会ったネイソン・クラキさん(左奥)のワーゲンバスを改造したハイルーフキャンパーの車内。平岡氏はベッドの上で足を伸ばして撮影している(Photo by Jun Hiraoka)

 新型コロナウイルスの出現でライフスタイルが変化した今、改めてバンライフが見直されている。人と接する機会を最小限に抑え、安全で開放的な屋外での生活ができるのはバンライフならではの魅力であり、コロナ禍ではそれが強みにもなった。家賃や生活費が高騰し続けるLAでは、コロナ禍で仕事を失い、家賃が払えず車生活する人が急増。また、ロックダウンによって多くの企業がリモートワークを導入し、通勤の必要がなくなった人たちは固定された「家」という一つの場所に留まる必要性がなくなり、旅をしながら働く新たなワーキングスタイル「ワーケーション」も生まれた。都会の喧騒(けんそう)を離れてバンライフを送る人も増えてきた。オンライン授業となったことで学生寮を追い出され、車で生活しながらアルバイトをする学生もいる。コロナによって生き方が多様化し、暮らす場所選びにも変化が起きている。
 ベニスビーチに向かって車を走らせると、十数台のキャンパーが一本の道に並んで停まり、小さなコミュニティーを作っているエリアもあり、現代版ノマド暮らしが都会の片隅でも営まれているのが分かる。「キャンパーという持家がある生活なので、仕事がしばらく無くてもまったく平気。次の流れが来るのをのんびり待てる。アパート暮らしでは家賃のためにやりたくない仕事も受けなくてはならなかったが、バンライフならやりたくない仕事は無理に受けなくても暮らせる心の余裕がいつもある」と平岡氏。かつてはホームレスと見なされていた車生活も、コロナ禍で新たなライフスタイルの選択肢となり得ることが証明されつつある。
 バンライフを中断して7年。平岡氏は、50歳を目前に再びワーゲンバスでの生活に戻ろうとしている。大好きな砂漠を目指し、そのための準備も行ってきた。「次にするバンライフは我慢の旅ではなく、必要なモノにはお金をかけて装備も整え、クールに臨みたい」と語る。自由気ままに好きな場所で暮らし、カメラ片手に好きな写真だけを撮る本当の意味でのバンライフの醍醐味が今また始まろうとしている。「バンライフは長い人生の中のほんのひと時の体験である」と平岡氏。旅はいつか終わりが来る。そのタイミングは人それぞれ。戻るべき家があるなら旅が終わればそこに戻り、新天地に巡り合えばそこで新しい暮らしが始まるかもしれない。人々のライフスタイルは今後も進化を続け、定住という生き方からもっと自由に暮らせる時代がすぐそこまで来ている。

ジョッシュア・ツリー国立公園で過ごす夜。相棒のワーゲンバスと星空を見上げる平岡氏(Photo by Jun Hiraoka)

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