Overview:コラムニスト

おがわ・ひろこ
神戸大学教育学部音楽科卒、同大学院修士課程修了。声楽、器楽、合唱、バレエなどのピアノ伴奏者、および合唱指導者。現在、南加日系合唱連盟会長。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会員。

 あまたあるクリスマスソング、クリスマスキャロルの中で、「O Holy Night」が世界中で最も愛されよく歌われる曲の一つであることは、誰しもが認めることでしょう。しかし、この歌がフランス生まれであることは、あまり知られていません。
 「Cantique de Nöel(クリスマス賛歌)」という題名のこの詩は、1847年にプラシド・カポーという詩人によって書かれました。カポーの住む地域の神父から、クリスマス用の詩を書くよう依頼があり、自らは無神論者でしたが、聖書など関係書類を調べ書き上げたといわれています。その詩がカポーの友人を通して作曲家アドルフ・アダンへと渡り、この名曲が完成しました。カポーが無神論者であったことと、アダンがユダヤ人だといううわさから、フランスのカトリック教会はこの曲を教会内で歌うことを禁止してしまいます。しかし、その歌詞とメロディーの美しさから、教会外で歌われ続けました。歌詞はもちろんフランス語で、「厳粛な夜だ、クリスチャンよ」という呼び掛けで始まります。この冒頭の歌詞から、フランスでは「Minuit, Chretiens」とも呼ばれています。
 スペインの王位継承権を巡って、プロイセン(普)とフランス(仏)の間で起こった普仏戦争のさなか、1870年のクリスマスイヴ。一人のフランス人兵士が、塹壕(ざんごう)を出て敵軍の前に姿をさらし、この「クリスマス賛歌」を歌い始めたところ、プロイセン側はその戦士を撃つ代わりに、その歌を最後まで聞き入り、その後に自らの国のクリスマスソングを歌い、この夜は休戦状態になりました。というのは、この曲にまつわる伝説です。その真偽のほどはともかく、どれほどこの歌が知られ歌われ人の心を和らげるかを表す逸話です。
 1855年にアメリカ人聖職者ジョン・サリヴァン・ドワイトによって付けられた英語の歌詞は、「O Holy Night」として瞬く間にアメリカ、そして全世界に知られるようになりました。日本語歌詞は、「さやかに星はきらめき」という題名で、牧師で教会音楽研究家の由木康(ゆうき・こう)によって付けられました。英語、日本語とも、元のフランス語同様に、その人気は教会の枠を超えたところまで広がり、クリスマスソングの定番中の定番となっています。
 最後にもう一つ。かのエジソンの下で働いたこともあるカナダ出身の電気技師で発明家レジナルド・フェッセンデンは、当時まだモールス信号しか送れなかった無線通信を、音声放送へと導くべく研究を進めていました。その結果、1906年のクリスマスイヴに、世界で初めて、ラジオでの音声放送を成功させました。その時にフェッセンデンが行ったのが、「O Holy Night」のヴァイオリン弾き歌い。そう、この曲は、世界で初めてラジオで流された音楽なのです。この事実もまた、この曲が当時からどれほどポピュラーであったかを表していると言えるでしょう。そして、今も変わらず今年もまた、世界中で演奏され、放送され、愛され続けています。
 今年も「音楽の散歩道」にお付き合いいただき、ありがとうございました。どうぞ、よいお年をお迎え下さい。

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