
オレンジ郡日系協会(OCJAA)は1月22日、アルツハイマー病の研究開発、学術関係に携わる原淳子氏を講師に迎え、オンラインによる健康セミナーを催した。原氏は参加した高齢者約120人に認知症予防を分かりやすく説明し、脳の健康を維持するバランスの取れた食生活と定期的な運動、社会参加など、アクティブな日常生活を送るためのアドバイスを行った。また「日々の健康管理」の重要性を説いた。
原氏は「脳の健康と認知症の予防」を焦点に「認知症とアルツハイマー型認知症」と「認知症のリスク要因」について話を展開した。
「認知症=アルツハイマー型認知症」と一般に思われているが、そうではないという。認知症には、さまざまな疾病原因があり、それらの原因によって脳の神経細胞の働きが悪くなったり、死んでしまったりするために認知機能に障害が起こる。認知症とは日常生活に支障が出ている状態の総称であるため「認知症=疾病原因の診断ではない」と説明した。脳の機能は大きく分けて脳の前部、後部、側部に位置するさまざまな部分によって役割分担されており、視覚や記憶、知覚や感覚、思考や判断など「障害が起こる部分によってどのような認知症の症状が出てくるかは異なっている」と話した。
一般的に認知症は、客観的な認知機能問題はあるが日常生活にまだ影響の出ていない軽度認知障害から始まる。その後、認知症へと移行し、軽度、中度、重度の認知症へと進行していく。「軽度というが、実は介助や介護が必要で、日常生活にも支障があり、軽度ではないので覚えておいてほしい」と呼び掛けた。
認知症の原因疾患は、大きく分けて首から上(脳)と首から下(内臓)の二つに分けることができる。これらの疾患が「うまく治療されていなかったりコントロールされていなかったりすると認知症になりやすくなる」と述べ、さまざまな疾患が認知症に及ぼす影響を力説した。首から上はレビー小体病、血管性の認知症(脳梗塞や脳卒中)、前頭葉の認知症、パーキンソン病、うつ病、アルコールと薬物依存症などを挙げた。首から下の原因疾患は糖尿病、心臓疾患、呼吸器官疾患、甲状腺疾患、がんやがん治療、重度のビタミン欠乏症、ライフスタイルなど。首の上と下の原因疾患の割合は半々という。

認知症全体における症状を見ると、統計にもよるが、やはりアルツハイマー型認知症が約40〜60%を占めるともいわれている。アルツハイマー型認知症では、記憶障害(物忘れ)が初期症状としてよく見られるが、物忘れのタイプは40歳を過ぎた頃から表れる正常加齢による物忘れとは異なり、徐々に日常生活に障害が現れ、平均12〜14年かけて進行する。一般に65歳以上、平均72〜75歳で発症するが、約5〜10パーセントを占める家族性・遺伝性のアルツハイマー型認知症は40、50代の若年で発症するという。脳の機能に影響を及ぼす主な物質は「アミロイドβ」と「タウタンパク」といわれている。原氏はこれらをイメージ図を示しながら説明した。
これらの物質は、現在、PET画像の診断で確認できる。またアルツハイマー病の進行による脳構造の変化(MRI画像)を見せ、「正常の脳と比べ、脳の各部が萎縮し、特に海馬(側頭)の短期記憶をつかさどる細胞が死んでいって、それにより記憶機能が低下する」と説明した。黒く写った部分が目立つ画像になると認知症は進行し、入浴や排せつなどの介助が必要になるという。
認知症の予防には、「リスク要因を減少させることが重要」と強調した。遺伝的要因や加齢といったリスク要因を変えることはできないが、それ以外のさまざまなリスク要因は減少させることが可能という。リスク要因として、高コレステロール、脳梗塞、心臓疾患、高血圧、糖尿病、肥満、生活習慣病、がんやがん治療、うつ病、呼吸器官疾患、喫煙、睡眠障害、治療薬、アルコール・薬物依存症、ストレス、その他内科系疾患などさまざまな例を挙げ「定期健診が重要で、忘れないようにしてください。日々の健康管理が重要」と訴えた。また「予防はいろいろなところから始めることができる」と力を込め、ライフスタイルを見つめ直し、運動やダイエット、食生活の改善をすることを勧めた。これらはメンタルエクササイズ(うつ病、不安・神経症のマネジメント、ストレスマネジメントなど)に対しても効果があり、怠るとリスク要因が増える。うつ病や不安神経症などについては「医師の診断が必要で、食欲の大きな変化、体重の大きな変化、不眠症などが長引く時は、必ず1人で悩まないで、友人に話したり、医師に相談したりするように」と注意をした。治療薬の服用やサプリメント摂取が認知機能に影響を与える場合もあるという説明には、「初めて知った」と驚く参加者も多かった。
慢性疾患のマネジメントについては「首から下と脳は本当につながっていて、首から下の病気は脳に悪い影響を及ぼす。リスク要因のマネジメントが重要だということを、覚えておいてください」と強調した。そのマネジメントには、「アクティブなライフスタイルが大事。家にじっとこもる、だらけた生活は、本当に脳に悪い」と述べ、ヘルシーな食生活、定期的な運動、メンタルエクササイズ(同じことを繰り返さず新たなことを学ぶことが大切)、十分な睡眠、ストレスマネジメント、生涯学習、社交・社会参加などを奨励した。運動は少なくとも1日に30分、できれば週5回行い、ウォーキング、水泳、家事、ガーデニング、筋トレなど。運動は転倒の予防にも効果があり「自分に合った運動をしてほしい。オンラインのレッスンに参加してもいい」と提案した。
メンタルエクササイズは、新しいことを学習することが重要で、読書やクロスワードパズル、数独、コンピュータートレーニングなどがあるが、「自分が興味のあるエクササイズを選び継続することが一番大事」。メンタルエクササイズには、社会参加も含まれるとし「ボランティア活動をするのもいい。外出できなければ、バーチャルを使って日本語を使ったボランティアを」と提案した。

健康的な食生活は、体重管理のみならず、首から下の内科系疾患の予防や改善につながる。食品には野菜や果物、魚や鶏肉、全粒穀物、そして豆、オリーブオイルなどを推奨した。WHOによると、慢性疾患の予防には1日に400グラム(茶わんに3、4杯)の野菜や果物を摂取することが望ましいという。そして、地中海式ダイエットと、認知症予防に有効なMINDダイエットを紹介した。
脳と深く関わりを持つ睡眠に関しては、「質のいい睡眠は、脳の健康にもいい」と言い、起床時間の設定、午後の昼寝は30分程度、昼間の活動性を上げる、夕食は就寝前の3時間前後、少なくとも就寝1時間前にはスマートフォンを使用しない、寝る環境を整える、睡眠障害があれば医師の診断、治療が必要。「睡眠は昼間蓄積した脳内の情報をクリーニングし、害のある物質を外に排出する役割があるので重要」と説明した。
アルツハイマー病の治療に関しては、昨年6月に、新薬「Adulem」が20年ぶりにFDAの承認を受けたことを紹介。従来の薬は症状を軽減させることしかできなかったが、新薬はアミロイドβを脳内から排出させる機能を持っており、アルツハイマー病を治療できると注目されている。新薬は特に軽度認知障害と軽度認知症を対象とし、脳内のアミロイドβを減少させることにより、認知機能障害の遅延や軽減が可能という。現在臨床試験中の薬も含め、「将来のアルツハイマー病の治療に希望が出てきている」と、原氏は期待を寄せている。その一方で「今後もいい薬が開発されたとしてもやはり、認知症、アルツハイマー病の予防は重要。自分ができることから始めてほしい」と呼び掛け、セミナーを締めくくった。
質疑応答を持ち、さまざまな質問に簡潔に答え、セミナー後もEメールで質問を受け付け返答した。

セミナー後は、希望者が集う歓談が行われ、コロナ禍の生活などを紹介し合った。参加者の中で最高齢と思われる102歳の三宅明巳さんも元気な姿を見せ、会員を喜ばせた。長寿を保つ健康法について「やはり歩くことが一番大切だと思っている。散歩はこれまで朝1回だったが、最近は朝夕の2回に増やして実行している」と紹介した。「この運動が役に立ち、アルツハイマーにもかかっていないと思っている」と述べた。
OCJAAと原氏にはその後も、参加者から感謝のEメールが多数寄せられたという。「セミナーで身に付けた知識を認知症予防に役立てる」と決意を述べる人や、アルツハイマー病を患う親を世話しているという参加者からは「アルツハイマー病に向き合う心構えができ、気分が一新した」という内容もあった。
OCJAAは健康・情報セミナーをパンデミック中もオンラインで継続している。通常の参加者数は60〜70人だが、今回は2倍近くが集まり過去最多となった。藤田喜美子会長は「初めて100人を超えて、みなさんの関心の高さがうかがえた。認知症がいかにわれわれの日常生活に入り込んでいるかが改めて分かった」と述べた。「コロナ禍は先が見えてきそうだが、アルツハイマー病は本人よりも周囲のの家族が大変なので、セミナーで学んだことを生かしてほしい」と希望した。「原先生に貴重な話をしてもらい、参加者に喜んでもらい有意義なセミナーになってよかった」と語った。