家福悠介(西島秀俊)は、寡黙な女性運転手の渡利みさき(三浦透子)と少しずつ心を通わせる ©Sideshow and Janus Films
20日、サンタモニカのアエロ劇場で行われた同作の上映会は売り切れとなった。上映後のQ&Aの前に写真撮影に応じる濱口竜介監督 (写真=はせがわいずみ)©Hollywood News Wire Inc.

 各映画賞を総ナメ状態の「ドライブ・マイ・カー」は、日本映画として初快挙となる作品賞、脚色賞を含む、アカデミー賞4部門にノミネートされた。同作の監督・脚本の濱口竜介さんは一体、どんな人物なのだろう。彼の前作「偶然と想像」を見て、ただ者ではないと思い、近い将来ハリウッドをにぎわす才能の持ち主だと確信したが、その予感は早々に的中した。興味津々で臨んだこのインタビューで受けたのは、頭の良さ、コミュニケーション能力の高さと表現力、そして、気さくな人柄という印象だった。 【はせがわいずみ】

 —ロサンゼルス入りし、アカデミー賞に向けて準備を進めている濱口さんに、まずは今の心境と意気込みを聞いた。
 「とてもうれしいということに尽きると思います。いろんな賞ももちろんですけれど、アメリカのアカデミー賞にノミネートされるということがどれほど大きなことかをすごく感じています。本当にすごいことだし、自分たちが作った作品にそれが起きているというのはありがたいことだと思っています。意気込みですが、スポーツだと、その日までに調子を上げていってというのがあると思うんですが、映画はもう作ってしまっているので…。他の候補作を見て、こんな中に自分たちがいるのかと思うとますます光栄に思えて、単純に結果を楽しむ、見守りたいというのが今の気持ちです。どちらかというと親のような気持ちです」

弱い武器でも磨けば世界で認められる

 —これまでさまざまな映画を見てきたが、濱口さんの作品は非凡な才能と頭の良さがスクリーンからにじみ出ている。出演者の演技はとても自然で、映画で描く世界に引き込まれる。どんな環境で育つと、こうした才能を培えるのだろうか。また、何から知識やひらめきを得て今の濱口さんがいるのだろうか。

劇中劇で多言語演劇の演出に挑戦する悠介(西島秀俊) ©Sideshow and Janus Films

 「自分はごく一般的な家庭で育っているので、特別に何かをしたというのはないですね。どちらかというと常に才能がないということを思いながらやってきました。映画は視覚芸術なわけで、視覚的に何か鮮烈なものを撮れる人に憧れるところがすごくあったのですが、大学の映画サークル時代からそうした点で自分よりもはるかに優れた才能を持つ人を見てきて、自分はむしろそういうものは作れないと思いました。でも映画が好きだったので、映画を作るとしたら、自分は言葉からしか発想できない、俳優が何かをしゃべっているというところからしか発想ができないと思ったのです。それが映画の武器としたら弱い武器ですが、その武器を磨いていくしかないなという感覚でやってきました。できないことを見極めて、できることを最大限に伸ばすということをひたすらやり続けた結果が今なのではないかと思います」

「喪失」から得たものとは

 —昨年のアカデミー賞作品賞の受賞作「ノマドランド」と本作、そして濱口さんが共同監督をした東北の震災のドキュメンタリー映画の3作の共通点は、「喪失」だ。喪失を描き、それとどう渡り合うか、また、どう乗り越えるか、どう復興していくかを描いている。本作の主な舞台は、原爆投下という人も町も膨大な喪失を経験した広島。その場所で、喪失を経験した2人が出会い、心を通わせる。恋愛感情ではなく、心を通わせる。その微妙なさじ加減と表現力に各映画賞の投票者らは圧倒されたのだ。濱口さん自身、どんな喪失を体験してきたのだろう。

妻で女優の音(霧島れいか)と、夫で演出家の悠介(西島秀俊)は深い悲しみを共有していた
©Sideshow and Janus Films

 「本作を喪失の物語というふうには思っていなかったのですが、いろんな方に見ていただいて、これは喪失の物語なのかと気付きました。自分自身、大きな喪失というものを経験したことはないです。ただ、東北の震災で被害を受けた方たちにインタビューをする体験はすごく大きかったと思います。喪失を体験していないけれども、いつでも失いうるのだということを思いました。みんな、明日、津波が来るなんて全く思わず暮らしていた。今日と明日はそんなに変わらない日が来るのだと思って暮らしていた。けれども、それが急に途切れてしまった。自分自身、明らかに違う何かが急に起きると思って生きていませんでしたが、その『明日』というのは本当に急に来るのだと、その時にすごく感じました。それはその後の自分の人生の、一つの考え方の基盤になっていったのは確かです。喪失を描こうと思ったわけではないと言いましたが、その体験がこの物語を選ぶ上での指針になったり、物語を書いていく上での一つの具体像になったりしている部分はすごくあったんだと思います」

多様性を受け止める覚悟ができているか?

 —近年、ハリウッドは多様性を前面に押し出してはいるものの、まだ現実社会の反映に追いついてはいない。そんな中、今回の映画賞レースは、作品賞候補になっている「CODA」と本作の両作品に手話が登場する。また、本作は劇中劇で非常に挑戦的かつ、未来を描くような演出をしている(同じ舞台で複数の外国人俳優が共演し、それぞれ母国語でせりふを言って演技をする)。本作が持つ多様性に関するメッセージや意図についての考えを聞くと、なるほどな答えが返ってきた。

演出家の家福(西島秀俊)は亡き妻の浮気相手だった高槻(岡田将生)と親しくなっていくが…
©SSideshow and Janus Films

 「『多様性』という言葉に関しては、よく分からないと思っています。なぜなら、多様であるというのは当たり前のことで、(世の中には)あらゆる人種がいて、それぞれが育ってきた環境があり、違う宗教があります。多様は現実として間違いなくあります。重要なのは多様性を受け止める覚悟だと思います。多様性を受け止めるのは間違いなく簡単なことではない。だってみんな違うのですから。みんな違うから、そこには対話がなくてはいけない。それはすごく時間がかかるし、本当に調和のある多様性というものが達成されるにはものすごく長い時間がかかると思っていますが、それをする覚悟がみんなにあるだろうか?ということが問われているのが現在なのかなと思っています。劇中劇にある多言語演劇を作っていく作業は、すごく大変でした。ただ、この大変なプロセスというものを一人一人がやっていかないと、多様性が反映されるというか、多様性が多くの人に受け止められるということもないのではと思っています。なので、必要なのはそれをやる覚悟があるかどうかということをみんなが自分に問うことだという気がします」

やりたいことが曇っている

 —次の作品と、その傾向について聞いた。すでにハリウッドから声が掛かり、エージェントも決まり、次の作品についての打ち合わせなども始まっているのだろうか。

劇中劇の多言語演劇に出演する台湾人の女優ジャニス(ソ二ア・ユアン、左)と韓国人の女優ユナ(パク・ユリム) ©Sideshow and Janus Films

 「何も決まっていないというのが正直なところです。自分を巡る状況が激しく移り変わっているということ自体は事実で、じゃあ、この状況の中で自分はどうするのだろうということを迷っている状態ですね。これまでは、自分がやりたいことが結構素直にあって、『ああ、これやりたいな』とって思ってやってきたのですが、今はやりたいことが曇って見えないような感覚というのがあるので、それがクリアになるまでは待ってみようかなと思っています。クリアになってきた時に、もしそれが大きな予算が必要なものだったら、今ある環境というのはすごくありがたいと思うかもしれないし、別に予算がなくてもいいなと思ったら、今まで通りのことを続けていくということになるのではと…。自分がどういう物語を選ぶ傾向があるのかは、本当に分からない。やっている途中で『あ、こういうことがやりたかったんだな』っていうことの方が実は多くて…。自分はすごく『リアクティブ』な人間だと思います。何かが起きて、その時の自分の反応で自分の感じていることが分かるみたいなタイプの人間なんです。遠大な計画があって…というのではなく、状況の中に投げ込まれて、その時の自分自身の反応を見て、あ、自分はこういう人間だったんだっていうことを自覚するというのが正直なところです。今回も村上春樹さんの原作を提示されて、あ、自分はそれをやるのは全く嫌ではないと思いました。『全く嫌ではないこと』というのをやっていったら今この場にいるというような感覚があります。今後もそうできたらいいなって思っています」
 オスカー4部門候補のうち、少なくとも1部門は受賞確実の「ドライブ・マイ・カー」。27日の受賞式後、濱口さんはどんな「リアクティブ」を見せるのだろうか。楽しみにしたい。

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