佐藤松智恵雅(左)は新名取、佐藤松豊了は新師範となり、ますます精進することを誓った

 日本民謡、三味線、端唄など日本の伝統文化を継承・普及活動をしている佐藤松豊会(会主・佐藤松豊宗匠)から新師範と新名取が誕生した。佐藤松豊了として師範の資格を授与されたのはシャーマンオークス市の富田邦さん。佐藤松智恵雅の名取を許されたのは、オレンジ郡ウエストミンスター市のファーレル雅子さん。師範伝授式と名取授与式がこのほど、ガーデナ市のニューガーデナホテルで執り行われた。2人は佐藤松豊宗匠と師匠が見守る中、さらに精進を重ねることを誓った。

新師範・佐藤松豊了
 3月18日付けで師範を授与された富田さんは東京都文京区の出身で、1980年代末に仕事の関係で渡米。その数年前にディズニーランドを訪れた際に、たまたま開かれていたディズニー日本祭りの催しで松豊社中による演奏を聞いたことが松豊会との最初の出会いだった。そこで耳にした松豊宗匠の民謡に深い感銘を受け、いつも心の奥底に残っていたという。

授与された免状と札を披露する新師範の佐藤松豊了(左)。右は佐藤松豊宗匠

 日本で気鋭のアニメーターとして「キャッツアイ」「ルパン三世」や多くのディズニー作品などを作画していた経験を生かして、渡米後もデッサン能力に優れストーリー展開とキャラクターの繊細な特徴をよく理解できるアニメーターとの評価を得て、幅広く活躍している。アニメーション・ユニオンの組合員でもある。また、Appleのストリーミングサービスの幼児番組ディレクターも務めている。
 こうして仕事と家庭を両立させながら夢中で日々を過ごしてきた中で、子どもたちも手を離れて時間的な余裕が生まれてくると、日ごろから心に秘めていた日本の伝統芸能を学びたいとの気持ちを抑えることができなくなってきた。
 日本舞踊を藤間勢湧美師に師事して稽古を続けていくうちに、日舞につきものの三味線を習いたい気持ちが湧いてきた。そこで自然と思い出したのがディズニーランドで聞いた松豊会の演奏だった。この不思議な出会いを大切にしていた富田さんは2012年1月、迷わず松豊師匠の門をたたく。稽古を始めると、教室のあるガーデナ市まで片道約30マイルもある遠い道のりにもかかわらず、他の生徒の何倍も頻繁に通いつめて、猛稽古の日々が続いた。普通は4〜5年かかるとされる名取を3年3カ月で取得するほどの熱の入れ方だった。
 その後も精進を続けて丸10年を経た今回、めでたく松豊会17人目の師範となった松豊了。「アニメーションは今や日本のお家芸で日本を代表する文化になりつつあるが、私はそれよりも三味線、民謡を後世に残していけるように、これからも一層の努力を惜しまずに頑張っていきたい」と、新師範としての抱負を、冷静な口調ながらも熱く語る。
 松豊了新師範は日本の女子美術大学付属高校、短期大学に進み、油絵を中心に学んできた芸術派であり、体育会系でもある。趣味を尋ねると、「もちろん三味線だが、子どもの頃からバレエなどを習っていたので踊るのは今でも好き。ほかには、スキー、ヨット、ダイビング、乗馬をやってきた。特技と言えば、やはり絵を描くこと。それが仕事に結びついてよかったと思っている」

新名取・佐藤松智恵雅
 3月18日付けで名取となったファーレルさんは大阪府守口市の出身。72年に学生ビザで渡米し、ビジネスカレッジで学んでいる時に現在の夫と出会い、卒業していったん帰国してから結婚のため75年に再渡米している。
 日本滞在中に姉の形見として受け取った三味線を手にした時、「この三味線を決して無駄にしたくないな」という気持ちを強く抱いたという。「いつか、この三味線を手に取り、実際に弾けるようになれたらいいな」という夢と希望を常に持っていた。
 それでもなかなか第一歩が踏み出せず「仕事をリタイアしてからでも始められたらいいかなあ」と漠然とあれこれ考えを巡らしていたとき、ラスベガスで開催された日本秋祭りに参加していた松豊会で、三味線を演奏していた佐藤松豊智恵師を紹介された。

佐藤松豊智恵師(右)の下で芸を磨き、新名取となった佐藤松智恵雅

 「オレンジ郡で14年末から三味線教室を開く」と聞き、自宅近くで稽古ができるまたとないチャンスとばかり、迷わず松豊智恵門下に参加した松智恵雅は、「最初のレッスンで初心者向けの曲を1曲でも弾けるようになれたらいいかな…、とすごく興奮したことを今でも鮮明に憶えている。また、民謡の深くて味のある唄にも魅了され、感動した」と話す。
 だが、民謡・三味線を学ぶのは簡単ではないことを身をもって知るまでに時間はかからなかった。「稽古すればするほど難しさに直面し、やめたくなったことが幾度もあった。そんな時、先生をはじめ、メンバーの人たちに励まされた。名取になれたことを感謝している。これを機に、『初心を忘れず、心を広く開いて柔軟な心構えで学んでいく精神が大切』との佐藤松豊宗匠の言葉を胸に刻み込んで、素晴らしい日本文化を誇りとして大切に守り、一歩一歩前進していく決意をした」と述べている。
 松智恵雅の師である松豊智恵師範は佐藤松豊宗匠の弟子で、14年11月から自身の社中で後進の育成に当たっており、新名取となった松智恵雅は、南カリフォルニア地区では松豊宗匠の初の孫弟子名取になる。
 松智恵雅は引退するまでの31年間、三菱自動車アメリカでワランティー・コストリカバリーのスペシャリストとして勤務。現在は、在勤中に取得したカリフォルニア州の保険ライセンスを生かしてアクティブに活動している。特技は書道3段の腕前。趣味は油絵、茶道、華道、鼓、日本舞踊と多彩だ
 佐藤松豊宗匠の話 まだコロナ禍が続いている中で、生徒たちはそれぞれ工夫して稽古に励んでくれた。今年になって師範と名取が誕生したことをとてもうれしく思う。生徒たちの努力をたたえたいと思う。松豊会は各地の催し物、ショーに数多く参加し、多くの観客の前で演奏する実体験も稽古メニューに加えていて、それが生徒たちの技能向上と練習の励みになっていることも、一つの特長と思う。

 松豊会は1966年にサンフランシスコで発足し、10年後の76年に本拠地をロサンゼルスに移す。日本文化を広めるための演奏活動を積極的に行い、コロナ禍以前は大小合わせて年間50〜60回の演奏会を開催している。現在、ロサンゼルス(ガーデナ)、サンフランシスコ、ラスベガスに稽古場を持ち、日本民謡、三味線、端唄を中心に日本文化の普及・伝承に努めている。問い合わせは、電話310・800・0334。

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