5月後半、日本を訪問したバイデン米大統領を岸田首相夫人、裕子さんは、白金台・八芳園の壺中庵(こちゅうあん)でお茶をたててもてなした。茶室には「千里同風」(せんりどうふう)の掛け軸がさりげなく掛かっていた。
「千里離れた場所でも同じ風が吹いている」。そのココロは「この場所が平和であれば、千里離れた地も同じように平和である」という解釈が一般的だ。
だが、禅での解釈は、「遠く隔てていても阿吽(あうん)の呼吸が通じ合う」(『禅語辞典』同朋舎)。「阿吽」の阿とは「万物の原因」、吽とは「万物の結果」。つまり「すべて」を意味する。
裕子さんは、「日米両国は太平洋を隔てていようとも、以心伝心で分かり合える間柄ですね、バイデンさん」というメッセージをこの掛け軸に託していたに違いない。
思ったことを口に出さなければ、相手には分かってもらえない風潮が日本でも定着している。その影響かどうか、思ったことをストレートに口にして問題を起こす輩(やから)が少なくない。功成り名遂げたはずの高齢の衆院議長が若い女性記者たちにあるまじき言葉を掛けていたとして晩節を汚している。まさに口は災いの門だ。
先日、全米日系博物館で開かれている「BeHere/1942」を観た。
展示されていた1枚の古びた写真に心が痛んだ。1世の母親が出征する2世の息子に「千人針」の白木綿の布を巻いている写真だ。千人の女性がひと針ずつ縫って結び目をこしらえた晒(さらし)を肌に着けていれば、銃弾は貫通しない。そんな願いを込めた祖国の言い伝えをこの母親は異郷の地でも踏襲していた。敵と味方に分かれて戦った大和民族の若者たちが(戦場は異なっていても)ともに「千人針」を身に着け、戦い、そして散っていった。
1枚の写真は、母親の言葉を「形」に変えてとどめていた。米市民としての権利を奪われたまま、強制収容所から戦場に赴く息子の武運長久を祈願する言葉が80年たった今も、観るものの心を激しく揺さぶる。口には出さなくとも、いや、口に出さないからこそ、写真に収められた母親の押し殺した言葉が海鳴りのように聞こえてくる。
言葉とは、感情や思考を形に表す手段である。だが、声に出すだけが言葉ではない。ひとたび口にした言葉には責任が伴う。諸刃の剣だ。口に出さない言葉は聞く耳を持たぬものには聞こえてこない。だが聞こえるものには、口にした言葉とは比較にならないほどの迫力を帯びてくる。この母親の言葉は「記憶」ではない。戦争が続いているウクライナの母親たちの言葉でもある。(高濱 賛)
