子どもの頃、僕は何でもできると考えていた。つまり、「できない」ではなく「できる」が先に来ていたのだ。そして、それに基づいて、否定する前に挑戦していたと思う。そして、いつしか、「できない」「やらない」が当たり前になった気がする。
コロナによる空白の3年を経て、日本に来ることが容易になったため、高齢の両親と時間を共にすることが増えてきた。親孝行というより、自分を生んで、育ててくれた両親と一緒にいることが当然だと思うようになったし、自分自身も年齢を重ねるにつれて命が限りあるものであることを認識するようになったから、少しでも多く一緒に食事をしたり、一緒にうたた寝をしたりして、尊い時間を共有したいと思うからだ。
先日、久しぶりに近所のおいしいウナギ屋さんで昼食をして、しばらく歩くと腰が痛いと言っては休憩する親父と、その後を追いかけるようにゆっくりしか歩けないお袋と、自分が通った小学校や同級生の家々などの昔と今の違いを確認しながら散歩した。神社でお参りをしたり、自転車の調子が悪く困っている小学生くらいの子どもに話しかけて助けてあげたり、小春日和の1日を大いに楽しんだ。
途中、お母さんが認知症、お父さんは転んで骨折したという同級生や、娘さんが還暦になったというご近所さんたちとしばし雑談したが、みんな口をそろえて「年で体が動かなくなった」とか「記憶力が落ちた」とか、本人たちは笑いながら話をしていたが、未来の自分に置き換えてみると、なんとも複雑な気持ちになった。
ここ数年、若い頃ヒーローだった著名人が他界したというニュースがよく聞かれるようになった。先日も中学の時、愛聴していたテクノポップの雄、イエローマジックオーケストラの坂本龍一氏が亡くなった。話しかけることはできなかったが、某コンサートで坂本氏を近くで拝見したことがある。知性がにじみ出るかのような、その洗練された寡黙な姿は、まるで芸術を体で表しているかのようだった。彼が好んだ一句「芸術は長く、人生は短し」。年齢を重ねるごとに、その言葉の重みが増していく。(河野 洋)
