この磁針コラムを書くご縁をいただいて、開始が1997年10月なので四半世紀が過ぎました。こんなに長く書かせていただけるとは考えてもいませんでした。ここ数年は母の介護などで日本への往復が多くなり、原稿の送信にトラブルが発生するなど、担当者にご迷惑をおかけすることもたびたび。自分たちが老いてきたのと家族に健康不安が多くなってきたことから、日本に戻ることを決めました。日本からの投稿もあり得るかもしれませんが、生活がどう変わるかまだ分からない状況の中でこれ以上のご迷惑はかけられないので、今回を持って最後とさせていただきます。
これまでのことを思い出すと、最初は手書きの原稿用紙をFAXで送っていました。担当者の手間やご苦労を思います。後にパソコンのワードで打つようになりました。その原稿が間違いなく送信されたか、初めは心配でした。原稿を寄稿する人たちやスタッフとの交流会もありました。オフィスが変わって、今は見ることができませんが、印刷に使っていた活字が置いてある場所で新年会か何かをしたこともあって、活字を見せていただいたこともありました。今となっては貴重な歴史の産物だったと思います。
最初の原稿は、ジャック・山崎という日系人画家を取り上げました。彼については何度か触れましたが、まとめきれてないことが多く、資料が山積みのままになっています。母の介護の合間をみて何とか整理したいというのが、今思っていることです。日系人が戦前・戦中・戦後に社会に翻弄(ほんろう)され、どういう生活を余儀なくされたのか、そして彼らが負わされた任務など、彼を通して知らされたことが多々あります。それを多くの人に伝えたいと思っています。
3年で戻るつもりが28年にもなって、そのおかげで学んだことがたくさんあります。日本にいただけでは分からない、気付かないでいたであろうことが多く、今後に役立てることもできると思います。
LAで関わった多くの皆さまにはいちいちお礼を申し上げなければならないのですが、紙面をお借りして感謝の意をお伝えすることを平にご容赦ください。ありがとうございました!(大石克子)

