留学生だった夫にとって、シカゴからロサンゼルスまでの長距離列車旅はよほどの苦行だったらしい。以来、決してアムトラックに乗ろうとはしなかった。
その夫を先日、列車旅に連れ出そうとしたのには訳がある。昨年、孫と2人でアムトラック寝台車を利用したところ、朝シアトルを出た列車が北カリフォルニアのデービスに到着したのは翌日の午後3時半。実に8時間半遅れだった。米国の列車旅はこんなものかと思ったが、後日、大幅遅延のわび状と共に175ドルのバウチャーが届いたのだ。
バウチャーを使ってシアトルから2人で往復となると、コーストスターライト号に乗って北ならカナダのバンクーバー、南はオレゴン州ポートランド辺り。シカゴ行きのエンパイアビルダー号に乗れば、レーブンワースまで行くこともできそう。結局、東へ3時間半ほどのババリア風の街、レーブンワースを目指すことを夫が選択し、エンパイアビルダー号に乗り込んだ。
短い距離だから大丈夫、今のアムトラックは快適よ、夕食は食堂車にするからね、と夫に約束して午後5時近くにシアトルを出発。列車は、最初の1時間は海岸沿いに北上し、車窓から海辺の景色を満喫。続いてエベレットという町からは東へ進み、清流を眺めながらの夕食の後は、カスケード山脈深くに分け入った。
ワシントン州を南北に走るカスケード山脈は、かつてセントポールからシアトルへの延伸を目指したグレートノーザン鉄道(大北鉄道)にとって一大チャレンジの難所だった。スティーブンス峠(4061フィート)を越えるために峠の東西に合計八つものスイッチバックを敷設しての運行だったが積雪が多く、1910年には大雪崩で列車の96人が犠牲となる米鉄道史上最悪の惨事も。結局、今でも全米最長の鉄道トンネル、約8マイルのカスケードトンネルが1929年に完成してスイッチバック不要となった経緯がある。かつて多くの日本人が工事や保線で働いた路線でもある。
15分かけてトンネルを抜けると、雨の少ない東ワシントンに出た。短いながら、食堂車と景色を楽しみ、歴史も学んだ列車旅となった。(楠瀬明子)
