僕がコンピュータ販売の仕事をしていた90年代初めごろ、ファジー家電なる物がはやっていた。ファジー(あいまいなとか、あやふやなといった意味合い)理論を使ったと説明されていたがあまりに漠然とし過ぎて首をひねった記憶がある。
 早い話、コンピュータは0か1、オンかオフで計算をする。オン/オフだけでは細かい制御はできないので、何度も計算をし直して制御することになる。そこに例えば0・1単位で数値を計算すればもっと緩いカーブを描くことができ、結果が早く出る。白か黒かの世界に灰色が混ざり込んできたわけだ。と書いているが、自分でも分かっていないのがちょっと痛い。
 このファジー理論がなければ、エアコンなどで、セットした温度よりちょっとでもずれると機械が作動する。当たり前のようだが、このような使い方をすれば機械は傷むし電気代がすごいことになる。そこでファジーが働く。セットした温度の前後を計算してスイッチのオン/オフで緩やかな温度変化をもたらす。これで体と機械と懐に優しいエアコンの出来上がり。電気釜などでも4合炊きだからといって必ず4合炊くわけではない。炊く量によって火加減や炊く時間の調節を微妙に調整しながら炊き上げる。洗濯機も同じで洗濯物の量で水量などを調整するわけだ。
 最近は「ファジー家電」などの言葉はほとんど聞かない。現在なぜファジーという言葉が消えたかというと、そういった機能があるのが当たり前になったからに過ぎない。あまりにも当たり前になり過ぎて、いまさらファジーなどという強調する言葉は使わないだけだ。
 最近話題のAIにもファジー理論が組み込まれているらしい。先に書いた0か1では計算量が膨大になってしまうので、この「あいまい理論」を合わせることでAI機能のシステムの簡素化ができるという。
 最近のAI熱は上がりっ放し、進み方も尋常ではない。AIはファジーでもいいが規制・制定は白黒キッチリとまとめてほしいものだ。
 個人的には白黒キッチリ決めずにファジー(いい加減)に暮らしていければ楽かな、と思うこのごろである。(徳永憲治)

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