5月初め、一時あの世に限りなく近づき、1時間後に蘇生した。これまで2回体験したから今回は3回目だ。
 といっても心肺停止とか、脳死ではなく、全身麻酔でマイナーな手術を受けただけだ。だが、全身麻酔で呼吸は止まり、心臓の鼓動は弱まり、血圧は下がる。乱高下すれば脳出血や脳梗塞を起こすリスクもある。全身麻酔で死ぬ人は10万人に1人か2人、死亡率は低いが、ひと昔前には麻酔薬もそれほど進歩していなかった。
 手術後数時間で退院したが、帰宅後は麻酔の後遺症でひどい吐き気に見舞われ、七転八倒。しかし24時間後にはけろっと治ってしまった。
 「死ぬ瞬間」を思い出そうとした。麻酔薬が体内に注入されるやいなや数秒で眠りに入る。緑色のマスクを当てられたところまでは認識したが、その後はすべてが真っ白のまま「無」になった。目覚めなければ、それが「死」だった。
 まさに井伏鱒二が叫んだ「さよならだけが人生だ」である。
 ご存じの兄姉も少なくないと思うが、これは井伏が唐の詩人、于武陵の五言絶句の一説「花発多風雨 人生足別離」を意訳したものだ。
 井伏は「人生とは別れの連続。嵐で散ってしまう花のようにはかない」と解釈した。が、中国人の知人によると、「不条理な人生だが、散った花も次の年にはまた咲く。頑張って生きろ」という励ましの句だ、と指摘する。
 蘇生した、この後期高齢者への励ましの言葉のように思えてありがたかった。(高濱 賛)

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