日本で再会した叔母が「聞き書きボランティア」という活動を17年間続けていた。主に高齢者から人生の話を聞き、それを話し言葉のまま書き留めて、手作りの本にして本人に贈るというもの。きっかけは聞き書き作家・小田豊二さんの「聞き書きボランティア養成講座」に1期生として参加したことだったという。
 高齢者施設の職員やケアマネジャー、社会福祉士らを通じて「話を聞いてあげてほしい人がいる」と聞けば、聞き書き者は何度も足を運び、録音や撮影、編集まで、全て自分で行う。依頼の動機はさまざまで、高齢者施設で孤立する人への支援で頼まれることもあれば、自叙伝を書きたいという本人の希望に応えるためのこともある。話し手の心を開かせ、最後にはその人らしさを反映した本を完成させる過程は、叔母の持つ公平さや博識さ、好奇心、そして人の心に寄り添う力が遺憾なく発揮されていると思う。家庭用プリンターで印刷され製本テープで装丁された簡素な見た目ながら、それは温かい「おにぎり」みたいな本だった。
 この活動を聞いてまず思い出したのは、米国・日系米国人社会にあるオーラルヒストリーの取り組みだ。ワシントン州シアトルの組織「DENSHO」は日系人の収容経験にまつわる口述を歴史資料として保存する伝承活動をしている。世の中から忘れられてはいけない日系人の物語(ナラティブ)を集めている。
 対照的に、叔母たちの聞き書きはあくまでプライベートな記録である。背景にある視点は個人の福祉だ。過去を振り返って形にすることで、話し手は自分の人生の価値を認め、家族や周囲は笑顔になる。著作権は「話し手」と「聞き書き者」が共有するのみ。いわば無名のナラティブだ。だが、少し読ませてもらえば、ご想像の通り、本から目が離せなくなる。人生の物語には力がある。
 「世のため」はもちろん立派な志だが、叔母のように「人のために」という活動に本気で向き合うのは簡単ではない。聞き書きボランティアを通じて叔母が他者の人生に寄り添い、言葉を形にして贈る姿は、私の胸を打つ。この素晴らしい活動に学びたいと思う。(長井智子)

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