
今年創立70周年を迎えた南加庭園業連盟(SCGF)はこのほど、ロサンゼルスの日米文化会館(JACCC)で記念式典を開催し、併せて同館内に新設された「日系ガーデナー顕彰の碑」の除幕式を行った。 (長井智子、写真も)

当日早朝、ロサンゼルスでは珍しく雨が降ったが、雨上がりのJACCC日本庭園「清流苑」は一層清々しいたたずまいで来場者を迎えた。式典は和太鼓グループ「氣心太鼓」の力強い演奏で開幕し、「日系ガーデナー顕彰の碑」がお披露目された。
除幕はSCGFのブライアン・ヤマサキ会長と在ロサンゼルス総領事館の曽根健孝総領事が務め、顕彰碑が姿を現わすと庭園に集まった出席者から大きな拍手が沸き起こった。銘板には「清流園」と日系社会の育成に貢献した日系ガーデナーの功績と、一句の川柳「日系の 庭師の誉れ 緑化の美」(「ガーデナー川柳」から)が日英両語で紹介されている。
日系移民の戦後の復権と庭園業は、当地における日系史に深く結びついている。多くの1世が庭園業に就き、白人社会の中で「日本人は真面目で正直」という草の根の評判を築いてきた。彼らの勤勉で控え目な姿は、今日の日本人が当地で与えられている信頼の源になったとさえ言われている。しかし1960年代に8千人いた日系ガーデナーは70年を境に減少を続けており、歴史の風化を危惧するSCGFは、日系ガーデナーの足跡を顕彰碑に残すことを決めた。
清流苑は79年、JACCCビルの完成に伴い、隣接する高低差のある三角地を活用して造成されたもので、当時のSCGF会員が休日返上で2年かけて造園。以来今日まで、同連盟はボランティアで庭園の手入れを続けている。JACCCのある小東京は日系コミュニティーの心のよりどころであり、清流園は日系ガーデナーの顕彰にふさわしい場所といえる。JACCCは設置場所を快く提供し、碑の製作費は多くの寄付に支えられた。
ヤマサキ会長「新たな世代に継承」
関氏、連盟の歴史と川柳紹介
除幕式の後は場所を室内に移し、新役員の任命式が行われた他、吟号・森作国雄こと森作正男副会長が自作の詩「南加庭園業連盟の詩」を吟じた。
ヤマサキ会長は「70周年を迎え、日本庭園の伝統を守り継ぐ意義を改めて共有した。清流園を通じて協会の使命を再確認し、新たな世代にも継承の輪を広げたい」とあいさつした。

来賓からは南加県人会協議会の大谷喜平会長、日系商工会議所のキティー・サンキー元会頭、JACCCのパトリシア・ワイアット館長、カリフォルニア州議会下院のアル・ムラツチ議員、曽根健孝氏、そしてカナダから臨席したバンクーバー日系ガーデナーズ協会のレイモンド・イナオカ会長が祝辞を述べた。
現在州議会で唯一の日系人議員のムラツチ氏は「われわれはガーデナーの先人の背中の上に立っている」と述べ、「彼らは自分の子どもらのために犠牲を払い、腰を折って必死に働いた」と先人たちの生き様に敬意を表した。
その後、日本庭園保存会の岩下寿盛会長の音頭で乾杯し、JACCCシェフによる会席料理が振る舞われた。続く講演では、写真家・絵本作家で、当地の川柳会「羅新川柳」の選者でもある関三脚氏が、SCGFの歴史や川柳を紹介した。関氏は日系ガーデナーの川柳を研究し、「ガーデナー風雲録」を編さんしている。

日系ガーデナーの川柳に詠まれた心情は、来場者の共感を呼んだ。また、南カリフォルニアのガーデナーの父と呼ばれた故・南雲正次氏の功績も、改めて言及された。
現在、SCGFはロサンゼルス郡とオレンジ郡に11の支部を擁するが、日系人の庭園業従事者は2代目に引き継がれることが少なく、数が減っている。それは、子どもたちは良い教育を与えられ、米国社会に出る道を行くからだ。
日本庭園保存会を発足
保全に向け活動を本格化
日系家庭の庭はもとより米国には公園や施設としての日本庭園も多く、南カリフォルニアに40園以上、全米に90園以上の本格日本庭園があるとされる。専門知識を持つ日系ガーデナーの不足により正しい管理が損なわれ、これらの庭園の荒廃につながることが懸念されている。こうした背景を受け2022年、SCGFは「日本庭園保存会」を発足。会員の知識や経験を生かし、美しい日本庭園の保全に向けた活動を本格化させている。

SCGFのヤマサキ会長は、若い世代が連盟に来て日本庭園に関する知識を学び、将来的に庭園の手入れができるようになることを願っている。「連盟はそのための情報源として機能し、教育の場にもなりたいと考えている」と話す。昨今は、会員も以前のようにボランティア活動に多くの時間を割くことは難しくなっている。高齢化もあるだろうし、ガソリン代や道具、保険、生活費なども高騰している。だがヤマサキ氏は「それでも、庭園の手入れ方法を理解し、それを守ることがわれわれの主な使命だと考えている」と言う。「日本庭園を理解し手がけるには、日本文化の理解が不可欠であり、文化を理解せずに庭園を作るのは非常に困難である。SCGFが他の多くの日系団体と関わる中で文化を学び、それを実社会に生かしていくことは非常に意義深く、実際にこの庭園がその成功の証しでもある」と言及した。
現在、残念ながら「清流苑」は保安上の理由により一般公開されておらず、イベントを通じての散策か、ノグチプラザから見下ろしての鑑賞に限定されている。JACCCによるとそれは一般来園者が構造物に登ったり水に飛び込んだりするなど危険な行為があったためで、一時的に閉鎖せざるを得なかったという。安全対策と監視体制が整わなければ、公開再開の決断は難しそうだ。ではコミュニティーとして、それに対して何かできることはないだろうかとJACCCのワイアット館長に尋ねた。ワイアット氏は、「美しいこの庭園は皆で楽しむべき大切な宝物。例えば定期的に庭園を見守ってくれるボランティアの協力があれば、非常に助かるだろう」と話した。
JACCCの「清流苑」は当時ポモナ大学の上杉武夫教授が設計したもので、合流する二つの水の流れが、日本生まれの1世と米国生まれの2世のつながりを象徴している。清流苑は協会の日本文化保存への献身の証であり、また、この庭園という生きた遺産を未来の世代に引き継ぐ決意を顕彰碑を通じて改めて表明した。この日、清流苑に、日系文化の礎となったガーデナーの功績を語り継ぐ場所が新たに加わったことで、日本庭園は日本文化の象徴であり、日本人移民の誇りでもあることが改めて確認された。


