

二世週祭の呼び物グランドパレードが10日、華やかに催され、小東京を彩った。日系コミュニティーで活躍するリーダーをはじめ、日本文化の継承者や日米交流の関係者、スポーツクラブ、仏教会などから60を超える個人と団体が堂々と行進し、沿道で見守る大勢の観衆の声援に笑顔で手を振って応えた。 (永田潤、写真も)
パレードは夕方、そよ風が吹く中で始まった。二世週財団が選出したグランドマーシャルのトーマス・イイノさんをはじめ、パレードマーシャル、インスピレーション賞、コミュニティー・サービス賞、パイオニアスピリット賞の受賞者がオープンカーや2階建てバスに乗って次々に登場すると、祝意と謝意を込めた声援が送られた。

政界からは、就任後初めて参加したロサンゼルスのカレン・バス市長が姿を見せ、観衆を沸かせた。マイクを渡された市長は「二世週祭に参加できてとてもうれしい。今日、小東京のパレードにこんなに大勢の多様性に富んだ人々が集まっていることは大変意義のあることだ。パレードが終わった後は小東京のレストランで食事をし、たくさん買い物をして小東京のビジネスに貢献してほしい」と呼びかけた。ロサンゼルス市議会からは小東京を含む第14区のイザベル・フラドー市議が日傘を差して初参加した。カリフォルニア州のアル・ムラツチ下院議員は今年も家族3人で参加し、日系の大物議員の存在感を示した。

今年は第2次世界大戦中、米国国家に忠誠を誓って志願した日系2世で組織された第100歩兵大隊と第442連隊戦闘団、および陸軍情報部(MIS)の退役兵の姿は、残念ながら高齢化のため見られなかった。一方、ベトナム戦争に従軍し、今年の二世週祭のインスピレーション賞に輝いた日系米国人の退役兵は元気な姿を見せた。帰還した当時は、反戦世論の高まりから凱旋パレードも開かれず、苦悩したという。だが、ベトナムへの軍事介入終了から50年を迎えた今年、二世週祭のパレードでは沿道から温かい声援を受け、胸を張って行進した。
在ロサンゼルス日本総領事館の曽根健孝総領事にとって、このパレードが当地での最後の公務となった。パレード翌日の11日が還暦の誕生日だという総領事は帰任を前に、麻未夫人と共に日本の小旗を振り、最後まで日米友好を訴えた。任期中は休日を返上して数多くの日系行事に参加した総領事夫妻に対し、別れを惜しむ観衆から「お疲れさまでした」「ありがとう」などの声がかけられた。

パレードには当地の日系社会と交流を深める国内外の多くの民間団体が招待された。ロサンゼルスと姉妹都市の愛知県名古屋市、モンテベロと姉妹都市の兵庫県芦屋市に加え、レドンドビーチ市と友好都市の沖縄県糸満市の市民が初参加し、日米都市間の固い絆を示した。
今年のパレードの踊りの2曲「川崎おどり」と「それが大事」を選曲し、振り付けをした坂東流日本舞踊の坂東秀十美師の社中が踊りの列をリードした。都はるみが歌った「川崎おどり」では、2本のスティックを振りアップテンポのノリのいい曲に合わせて踊り、パレードに花を添えた。人を励ます歌詞で元気が沸く「大事MANブラザーズバンド」の「それが大事」は扇子を手に踊り、祭りのムードをいっそう盛り上げた。社中の後に表れた一般参加の踊り手の数も多かった。

二世週祭の一環イベントとして開かれた「日本歌手協会米国歌謡祭」の出演者は舞台衣装のままで2階建てバスに乗り込んだ。俳優で歌手の工藤夕貴さんがマイクを握り、日本歌手協会と日本歌手協会米国友の会の交流、そして歌謡曲の魅力を流ちょうな英語で紹介した。工藤さんはかつてハリウッド映画界で活動し、自身の出演作品を挙げた。中でも「ピクチャーブライド」は見た人が多く、観衆は「あの女優さんか」といった表情でうなずいていた。
フィナーレは、ねぶたの一団と、前夜に開かれたコロネーションボウルで戴冠したばかりの二世週祭女王とプリンセスが飾った。太鼓と笛、かねのはやしの軽快な演奏に合わせて、カラフルな浴衣姿のハネトが飛び跳ねた。ねぶたは回転したり、沿道に向け頭を下げて「お辞儀」をするパフォーマンスを披露したりして、観客を沸かせた。トリは華やかに装飾されたフロートに乗った新女王のキミ・ルックさんと6人のプリンセスが振り袖姿で手を振って愛きょうを振りまいた。ひと際大きな声援を浴びてパレードは幕を閉じた。

「全てが素晴らしかった」
ヘレン・オオタ実行委員長
ヘレン・オオタ実行委員長はパレードについて、まず今年の祭りのテーマの「感謝」に触れ、「グランドパレードに参加した多くの人々にわれわれの感謝の気持ちを伝えることができた。パレードの見物人も、二世週祭が表彰した受賞者と他のリーダーたちに感謝を示し、互いに尊重することができた。バス市長に初めてパレードに参加してもらい喜びもひとしおだ。忙しい合間を縫って二世週祭に参加し、協力してもらった全ての人々に敬意を表したい」と述べた。パフォーマンスについては、「日本舞踊の各社中が伝統の踊りを美しく踊ってくれた。他の日系社会からも和太鼓やマーチングバンド、はやしなどが演奏したり、スポーツと武道の実演をするなど全てが素晴らしかった」とたたえた。




