
米国書道研究会(生田博子会長)の創立60周年記念と創立者、生田観周師の生誕100年を記念する日米合同書道展が2日開幕し、14日まで小東京の日米文化会館で会員の秀作が展示される。8月31日には盛大な開会式と祝賀式典が開かれ、地元と日本からの招待客約80人が盛大に祝った。

米国書道研究会は1952年にワシントン州のシアトル日蓮仏教会に開教師として赴任した故生田観周師が、活動の拠点をカリフォルニア州に移した後の65年にロサンゼルスに開設した書道教室に始まる。その後、シアトル、ポートランド、サンフランシスコ、サンノゼ、サリナス、ソルトレークシティーに活動を広げた。76年には日本語学園協同システムとロサンゼルス国際学園で授業を開始。94年には旧敬老引退者ホームを訪問された天皇陛下のお言葉を観周師が、皇后陛下のお言葉を妻の博子師がそれぞれ謹書した。
日米各都市や台湾・台北での書道展参加の他、権威ある書道展に応募している。2006年には産経国際書展で高円宮賞を受賞。現在は、産経国際書展、誠心社現代書展、墨成書道会展に出品し、優秀な成績を納めている。09年にはカリフォルニア州立大ロングビーチ校で指導し、同年トーレンス市からコミュニティー賞を授与された。
13年に米国書道研究会七人展を、14年には米国書道研究会青筆会十人展を開催。21年、東京で開かれた「2020東京五輪・パラリンピック」の記念展に、博子師が日本人書家200人に選ばれ出展した。今年6月、産経国際書展の大阪・関西万博展に生田博子、ラモス逸子、加柴律子の3師が出展した。

2020年のコロナ禍により活動を縮小したが徐々に回復し、現在はロングビーチで月1度教室を開いている。各所のイベントで書道の紹介に努めており、元日の正月祝賀イベントや桜祭り、二世週祭、トーレンス文化祭、アーバイン・グローバルビレッジ・フェスティバルなどで実演や参加者の書道の体験を実施している。
会員は現在、ロサンゼルス、シアトル、サンノゼを合わせて約40人が在籍する他、かつて米国で学び日本に帰国した会員が東京と大阪で指導している。式典に各所から会員が参加し、喜びを分かち合った。
日米文化会館の地階で行われた記念式典では、山本宗治理事長が開会の辞を述べ、「生田観周先生が亡くなり18年がたつが、60周年を迎えることができたのは博子先生のリーダーシップと、皆さんの支援と指導のおかげである」と感謝した。また、日米合同書道展については「日米の架け橋となり世界に向けて日本文化の美を表す書を、鑑賞してほしい」と呼びかけた。
生田会長があいさつし 、「文化の秋に先駆け、開催を迎えることができた。創立以来、日本古来の伝統文化の一つである書道の精神性と芸術性を広めることに専念した観周先生の在りし日をしのび、感無量である」と語った。日本の三大書展である日展、読売、毎日に産経が後に加わり、現在は四大書展であることを説明し、「産経が第2回から国際書展と呼ばれるようになったのは、われわれ米国が加わったからだと思う」と胸を張った。「世代が変わりつつある現在においても、創立当時の門下の情熱を引き継いで迎えた60周年の今日、揺るがない信念を改めて思い起こしている」と締めくくった。

在ロサンゼルス日本総領事館の神谷直子首席領事をはじめ、ジャパン・ハウス ロサンゼルスの海部優子館長、南加日系商工会議所の竹花晴夫会頭ら来賓が祝辞を述べた。各人は、同会の米国における書道普及への貢献をたたえ、会のさらなる発展に期待を寄せた。
式典後は記念書道展会場のドイザキ・ギャラリーに移動し 、日米のベテラン書家が模範のデモンストレーションを披露した。地元ロサンゼルスとシアトル、日本からは東京と誠心社会長に加え、岡山からのゲストが大きな紙に太筆で迫力ある作品を揮毫した。最後に生田会長が車椅子から立ち上がり筆を執ると、96歳とは思えぬ軽妙な筆致で会場を沸かせ、大きな拍手を浴びた。
生田会長夫妻は渡米前に岡山の寺で「生田書道会」を開いていたという。生田会長は「その頃は戦後で生活に余裕がなく、人の心はすさんでいたので、字を上手に書くことを目的とせず、皆の気持ちを落ち着かせるために書道教室を開いていた」と回想する。渡米後も同様の目的で書道教室を開いたと言い、「日本を懐かしみ、心を癒やすためにお寺を訪れる人のために、われわれ夫婦ができることは書道を教えることしかなかった。その時代の移民に日本で書道を習っていた人は少なかったので、皆が喜んで稽古した。日本語学校でも、一生懸命な生徒に朝から晩まで教えた」と振り返った。

日本の公募展に応募した理由について、「生徒が挑戦し競うことで一層稽古する気持ちが沸き、上達につながる。賞を取ればうれしくなり、面白みが増す。同時に、賞を取る難しさも知ってほしかった」と説明。多くの生徒が受賞を重ね、師範に育ったという。「書道展を開く日本側も、われわれ外国からの参加を歓迎し、喜んで協力してくれた。互いにとって、いいことばかりだった」と回顧した。
書道の奥深さについて「趣味でありながら気持ちを落ち着かせ、精神を養う教養の一端だと思う。アートとして認められ、作品には人柄が表れる。ブラック&ホワイトで表現するというが、墨は7色あるといわれるほど実は難しい」と説いた。創立からの60年を振り返り、「やってきてよかった。米国に日本伝統の美を残すことができたと思う」と語った。(永田潤、写真も)




