当地で日本映画を見たいという願いを受けて、すずきじゅんいち監督の同士が日本映画祭を開催しました。その日本映画祭がチャノマ映画祭と名付けられたのは、家族や友人が集い、笑い合い、涙する、人間の極めて本質的な場面が、お茶の間にはあるからでした。今では日本の映画やアニメが米国で話題になることもありますが、当時は日本映画を上映する映画館はほとんどなく、人間の心の奥を深く描くような日本映画が渇望されていたのかもしれません。そんな理由もあり、多くの方が日本映画を見に来たと聞きました。当時「チャノマに行く」が「映画を見に行く」という意味になり、日本人のコミュニティーで一時的な流行語にもなったほどでした。
 そんなチャノマ映画祭を継承した日本映画祭が、今年で20回目を迎えました。今ではアットホームなドラマだけでなく、アニメやドキュメンタリーなどさまざまな映画が上映されるようになりました。観客も日系の方だけでなく、日本映画を愛する米国人の方々も多く見られるようになりました。大手配給でなくても、独立系の映画会社や監督が自分の作品を出品し、監督や俳優として舞台あいさつを経験することも、貴重な体験であったと思います。
 そして大林宣彦監督や、俳優の仲代達也さんなど、世界一小さな手作りの映画祭を愛した映画人たちが、何度も日本映画祭を訪れてくれました。営利目的ではない映画祭だったからこそ、多くの日系コミュニティーに支えられ、開催できたのだとも思います。
 目を閉じると、さまざまな出来事を思い出します。英語字幕がないフィルムを上映したり、技師がフィルム同士のつなぎを間違えエンディングから上映されたことも苦い思い出です。上映が終わり、会場から出てくる人の目から涙があふれているのを見た時は、映画祭が継続されて良かったと思えた瞬間でした。同じ1本の映画を見て、皆が笑い、涙し、感動する。そこには肌の色や性別、年齢、国籍といった違いは関係ないのだと思います。20年、先人たちの苦労と努力に感謝したいと思います。(アサクラ ユウマ)

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