今年になってから「ラジオ体操」を毎日やってます。おかげさまで続いておりますよ。どれ、やってみっか、程度の気持ちで始めました。なんといっても、音楽を聞くと自然に体が動き、一度動き出したら音楽に乗って最後までやり切れてしまうのですから、ズルができません。昭和女子の体に刷り込まれた記憶というのはありがたいものだとつくづく思いました。

 始めは第一体操だけでいいと思っていたのですが、続いての第二の音楽が流れてしまうと、体も脳も動きを止められません。すると6、7分は体操をやることになります。体がほぐれ、頭までスッキリして、正しい行いをしたという気になるのも、健全印のラジオ体操の成せる技でしょうか。

 今更ながら、この体操が子どもからお年寄りまで無理なくできるように考案されている、といううたい文句をわが身をもって納得した次第であります。

 さてさて、先月のことになりますが12月23日にわが家で祝い事をしました。娘に長女が生まれて100日のお祝い「お食い初め」をしたのです。

 実はこの行事の事を、私は全く気にも留めていませんでした。娘の方から「やるんでしょ」と言われてビックリ。「あらま、よく知ってたわね。エリック(弟)が赤ちゃんの時にやったの覚えていたの?」

 もうかれこれ35年前になります。娘が5歳、息子が3カ月の赤ちゃんの時に鳥取の実家に帰っていて、滞在中に息子が100日を迎えたので、母が「お食い初め」をしてくれたのでした。娘は幼いながらにその時のことを覚えていたのか、写真を見ていて覚えている気がしてるのか。イメージは持っていたようなのです。

 夫方からすれば日系4世になる娘の口から、こんな日本の伝統的な行事が出てくるとは夢にも思っていませんでしたから、彼女が日系アメリカンの母親として、何かを感じ始めたのかなとうれしくもあり、また私も祖母としての役割を得る機会にもなりました。

 お献立は、赤飯、焼き魚、煮物、汁物、香の物、材料が余ればお正月の準備に回せます。ハテと困ったのがタイの塩焼きでした。串差しをして形を整え、化粧塩で胸びれや尾ひれをパリッと広げて焼き上げるなんてちょっと無理かな。そもそもタイは売ってるのかしら。近くの日系マーケットに下見に行くと最近は売ってないとのこと。娘にこの際、おすし屋さんに頼んで奇麗に焼いてもらおうか、と言うと、「日系の人がやってるフィッシュマーケットがあるから聞いてみる」と申します。ややあって「大丈夫、塩焼きにしてくれるって」「ああそう、良かった。助かった〜」

 私の第一子である娘のために、母が送ってくれたお宮参り用の着物と、白のベビードレスは写真を撮るために1度だけ着せてそれっきりしまいっぱなしでしたから、今度はひ孫に羽織らせることができて、亡き母への恩義に報いたともいえましょう。

 さて、当日、準備は整い、待っていますと、娘の婿殿が焼き魚の入ったテイクアウトのアルミの容器を抱えてやってきました。「ありがとねえ」。ワクワクして受け取り、ふたを取ってみると…。思わず「ウッ」と声が漏れたかどうかは分かりませんが、そこにはただ焼いた魚そのものがそのまんまで入ってました。しかも密封した容器のせいで全体に多少の露も帯びてます。尾ひれの先は不必要な部位としてか、ちょん切ってあります。くし形に切ったレモンが多めに入ってる事からして、そうか、こうなるか。娘は察知してか、「なに、違うの? 塩焼きって言ったよ」と語気がやや強めです。ダメダメ祝いごとにケチ付けちゃイカンのです。「これでいいわ。タイなんて何年ぶりかな」。ここは笑うしかない。ハランを敷いてナンテンとレモンを添えればそれなりの姿ができました。思うに案外このザンネンなタイ案件は、私の中でいろんな要因を含んだ面白い出来事になってくれたようです。

 この後、撮った写真を友人に送ったところ「おベベと言い、雰囲気と言い昭和を感じさせるね」のコメント。言われてみれば、おっしゃる通りでございます。アタクシ笑っちゃうほど昭和のアタマで生きてます。いいんじゃないでしょうか。

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