
茶道裏千家淡交会ロサンゼルス協会(堀宗博会長)の初点式(はつだてしき)がロサンゼルスのウィルシャー・カントリークラブで開かれ、参加した108人が新年の門出を祝った。「点初め(たてぞめ)」は上杉宗裕社中が務め、賀客をもてなした。新春恒例の初点式だが、昨年はロサンゼルスで発生した大規模な山火事により会員が被災したため中止となり、2年ぶりの開催となった。

開会の辞に立った阿部宗真幹事長は「昨年8月に敬愛する千玄室大宗匠(15代家元・鵬雲斎汎叟宗室、享年102)が亡くなり、茶道界が大きな損失に見舞われたと述べ、参加者は全員起立して黙とうをささげた。
阿部幹事長は昨年を振り返り、「山火事で会員数人が被災し、心の痛む年の始まりだった。また大宗匠の悲報にも接した。だが、われわれは茶道の普及に努め、一碗の茶を通じて平和の心を広める活動を継続することができた」と強調した。英語を母国語とする会員で構成する「英語スピーキング・ソサエティー(ESS)」にブッククラブが新設され、「今年もその活動が継続されることを大変うれしく思う」と話した。
さらに、自身と幹事が就任し3年がたち、任期満了まで1年を残すことに触れ、「われわれは協会のために、たゆまぬ努力で職務を全うしてきたと、胸を張って言える。いくつかの困難もあったが、多くを学び、会員の皆さんの支援と協力のおかげで組織として今なお力強く活動を続けている」と述べ、幹事に対し「昨年の多大な尽力と献身的な奉仕に心より感謝したい」とねぎらった。

ロサンゼルス協会は創立75年の歴史を誇るが、阿部幹事長は「日系コミュニティーの他の多くの団体と同様に会員の確保、そして地域社会における茶道の関わりという課題に直面している」と指摘。指導者に向けて、「この地域における裏千家のさらなる発展と繁栄のため、将来を担う新しい指導者の育成に一層積極的に取り組み、弟子が茶名を持つまで導いてもらいたい」と強く訴えた。また会員に向けて、「仕事や私生活が忙しくても、規律と精進の精神をもって稽古を続けてほしい。茶道の修行は、計り知れない貴重な精神的な報いをもたらす価値のあるものと、私は心から信じている」と力を込め、あいさつを締めくくった。

続いて掘宗博会長があいさつし、日系社会の内外から訪れた来賓の参加に謝意を示した。昨年亡くなった千玄室大宗匠の功績を、「裏千家の協会を世界43カ国に広げ、米国には34協会を設立した」と述べ、茶道の国際化と普及に努めたことに敬意を表した。
その後、昨年の活動を写真のスライドで紹介した。活動は多岐にわたり、日本家屋、日本庭園、学校、老人ホーム、二世週祭などで行ったデモンストレーションを軸に、市庁舎などでの茶会、利休忌、和三盆作りのワークショップ、仏教会のキャンプ、ESSのワークショップなど計16回に及んだ。これらの多くの行事に費やされた個人の時間は、初点式の冒頭で唱和された裏千家の「ことば」にある「茶道のよさを皆に伝える…」という精神を会員が実践していることを示している。阿部幹事長は「活動の写真を見ることで活力を得て、この1年も共に力を合わせて実りある年にできるよう、新たなインスピレーションを感じてもらえればうれしい」と期待を寄せ、イベントへの参加を求めた。

上杉社中が披露した点初めは、亭主が上杉宗裕師、半東は財間直子さん、外半東は黒瀬智子さん、説明を杉田直さんが務めた。正客に山方知之領事、次客に小泉宗由・裏千家淡交会オレンジ協会相談役、三客に佐野吉弘・表千家同門会南カリフォルニア支部長を迎えた。
床の間には鵬雲斎筆「山呼万歳声」を掛け、初春にちなみ「青竹」の花入れに「結び柳 梅」を飾った。茶道具は、香合が陶楽造「仁清写 寿紋 丸香合」、薄器が一兆造「大棗 山水蒔絵 鵬雲斎在版箱」、茶杓は坐忘斎御家元作 銘「寒月」、茶碗は鵬雲斎箱 銘「三彩」を用いた。参加者は、会員の児玉宗信さんと禅宗寺のボランティアの手作りの菓子「珠鶴」を味わいながら初春の一碗を堪能した。

亭主を務めた上杉師は昨年のパリセーズ火災で被災し、海を見下ろすマリブの邸宅と邸宅内の茶室「裕翠庵」を焼失した。被災について「これまで火事に遭ったことがなかったので動揺した」と振り返り、全てをなくした喪失感から「今でも強い風が吹くと当時を思い出す」と言う。しかし、「皆さんに優しい言葉をかけてもらったり、手を差し伸べられたりし、救われた。個人主義的な一面もある米国社会だが、相手を思いやる気持ちがあり、日系コミュニティーの連帯感と強い絆を感じた。皆さんのおかげで、仕切り直す気持ちを持つことができた」と感謝を述べた。

この日の点前は、励ましをくれた人々や協会、社中の仲間への恩返しの気持ちを込めて臨み、「大規模な火災で、われわれ夫婦だけでなく何千軒もが焼け出され、多くの人々が被害に遭った。助けてもらった人々を代表する気持ちで、新たな思いで点初めを行い、無事に終えることができた。皆さんに支えられ、思いやりの心の大切さを痛感した。本当にお茶をやっていてよかった」と語った。自宅の茶室は再建のめどが立ち、復興の象徴として人々の心の支えになることが期待されている。2009年に設立し、茶道を通じて地域社会に貢献する「裕翠庵ファンデーション」を通じ、今後は被災者支援にも力を注ぐと話し、「助けてもらってうれしかった気持ちを、困っている人々と分かち合いたい」と意欲を示している。(永田潤、写真も)


