羅府コラムニスト川口真理さんのエッセー

   久々にご近所の老婦人ジルからランチのお誘いを受けました。

 「あなたをランチに誘おうと思ってるの。カンボジアン・フードは興味ある?」「あら、面白そう。もちろん行きますよ」「ただしドライブをお願いするわね」「OK、2人でレディースランチといきますか」

 ジルは5、6軒ほど先のご近所さんで、私が今の家に越してきてからですから、かれこれ30年のお付き合いになります。スウェーデン生まれのアメリカ育ち、シルバーブロンドのショートカットにブルーアイ、小柄な体をいつもしゃれた装いでまとめている人です。おん年86歳になったとか、ここ数年は足が弱くなり、キャスター付き歩行器が離せなくなっていますが、以前と変わらぬほどあちらこちらと出かけています。ご主人は本に出てくるようなジェントルマンで仲の良い老夫婦です。

 電話の後、フム、このタイミングで私だけ誘ってくれたのはなぜかしら。もしかしてノ。少し思い当たるフシはあるのです。

 1ヵ月ほど前、ジルから頼まれていた子ども用の「練習用のお箸」を日系マーケットで見つけたので届けに行ったとき、私は彼女に少しばかり夫の介護のストレスをこぼしたのでした。

 介護のストレスというのは、案外本当のところは身内には言えないものです。どうしても愚痴っぽく聞こえてしまいますからね。言ったとして、親身が乗じてかえってお説教を頂戴するハメに、なんてこともあります。これは実にありがたくない頂戴物なわけです。

 なので、こういう話は、しがらみのない、人生の先輩おばちゃんに冗談めかしに話すのがいいのです。すると「あなたは素晴らしいワイフよ」とオーバーに言ってくれて、「でしょー」と得意げに返す。こんな小芝居で気晴らしができるのです。

 ジルは多分、その続きで私だけをランチに誘って介護休憩を作ってくれたのでしょう。

 さて、当日は私がドライバーです。ジェントルマンのご主人に見送られて出かけました。お決まりの「マリ、そのドレスすてきだわ」「ジルもその色が良く似合ってる」。初めのころは、こんな会話に照れたものですが、今はへっちゃらです。現に86歳の彼女は白地に赤や黄色、オレンジの明るい色をちりばめたブラウスに白パンツ、耳と襟元には大ぶりな金のアクセサリー。失礼を承知で言いますが、しわだらけなのになんともおしゃれ。そもそも土台が違うので私には真似はできませんが、いや待てよ、年を取ってからの冒険もありかなと思わせてくれます。

 お店はカンボジアとアジアンフュージョンの今風の気軽なレストランでした。若いオーナーのお勧めはレモングラスの風味が効いたチキンと搾りたてサトウキビ50%の飲み物。見事に完食でございました。

ジルにレストランを知ったきっかけを聞いてみますと、

 「スーパーで買い物をしてキャッシャーカウンターに並んでいた時に、前の人が小さい子を連れててね、ちょっと話しかけたのよ。そしたらレストランやってて足りないものがあったから買いに来たって言うの。なんでもカンボジア出身でお店を出して2年目だっていうことでね。とても気持ちのいい若者で、その場で親しくなれたの。少しでも応援したいと思って、お店の名前と場所を聞いたのが始まりよ」

 ジルらしいなと思いました。いつも人との関りを大切に動いているのです。そして新しいものに興味を持つ心は健在です。このお店もジル自身楽しみながら、こうやって同行するお連れさんにはいい宣伝になっています。私だって夫を連れてまた来ようと思いましたからね。

 お店の奥から小さな女の子が時々姿を見せていました。オーナーのめいだとのこと。親戚家族で助け合ってビジネスを切盛りしている大人たちを見ながら、この女の子は成長していくのでしょうね。

 フィリピン系のパパを持つ1歳に満たない孫娘となんとなく似たところがあって、この子に幸あれと思ったババ様でありました。

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