ロサンゼルス・ポリスアカデミー卒業式の様子

 ロサンゼルス近郊の警察組織で警察官として勤務するYuriさん。体力はもちろんのこと、精神力、そして何よりも道徳心が必要とされる職業に就いたのは、34歳の時。現在、危険と隣り合わせの激務をこなしながら、ソーシャルメディアを駆使してさまざまな情報を発信し、日系コミュニティーに貢献している。職務上、勤務地やフルネームなどの詳細情報を明かすことはできないとしながらも、快く取材に応じてくれた。【砂岡 泉】

30代で一念発起!
米国で警察官に

 午前3時起床。軽い筋トレを終えて出勤準備をするYuriさん。警察官として働き始めてから7年になる。「午前4時半から勤務し、1日10時間の就業が基本ですが、残業になることがほとんどですね」と話す。人身売買に関わった事件では眠る時間もろくに取れず、計31時間にも及ぶ過酷な長時間勤務となったという。
 高校卒業後に渡米。語学学校を経て大学在籍中に結婚したYuriさん。一男一女をもうけたが、7年間の結婚生活に幕を下ろした。仕事を探して働き始めたものの、ある思いが頭を離れない。「就労経験がなかった私は好きな仕事を選ぶこともできなかった。確かにどんな仕事にも意味はあるけれど、果たして今、私はどれだけ人の役に立てているのかなと。どうせ同じ時間働くのなら、私にしかできないことをやりたいと思うようになったんです」とYuriさんは当時を振り返る。ある日、数枚の紙に自分の長所と短所、さらに思い付く限りの職業を書き出し、そこから絞った結果、残ったのが、社長(起業)、消防士、そして警察官の三つだった。「起業は資金が全くないため断念。消防士は当時競争率が高く現実的ではなかった。そこで昔から憧れていたこともあり警察官になろうと決めたんです」

日本人警察官Yuriさん

 早速ロサンゼルス市警察(LAPD)に電話をしたところ、応募する条件として市民権が必要と分かり、つてを頼って永住権から市民権を取得したYuriさんは、ようやくロサンゼルス市警察の筆記試験を受けることができた。「ところが3回受けても受からない。他の警察も受けたけれど、全て不合格。このままでは一生かけても無理だと考え、貯金も少しあったので、思い切って仕事を辞めました」。周囲からも到底無理だと言われ、いつか見返してやりたいという一心で、Yuriさんは死に物狂いで勉強した。
 やっとの思いでロサンゼルス市警に合格し、体力テストやバックグラウンドチェックも無事済んだところで、新たな問題が発生。日本の高校卒業資格が認められず、日本の高等学校卒業程度認定試験に当たるジェネラル・エデュケーショナル・デベロップメント(GED)を受けることになった。「4教科のうち、社会科だけなかなか受からず、そのうち貯金も尽き、車関係の仕事を見つけて働きながら費用を工面し試験を受けていました。仕事をしながら子育てと勉強漬けの毎日。今考えても本当によくやったと思います。合格した時は大泣きしました」
 その後、晴れてロサンゼルス・ポリスアカデミーに入校。同期は20代前半ばかり。しかも元軍人という猛者も多かった。学校では、学力、体力、実技に加え、警察官としての資質も問われた。「ウソをつくのが一番ダメ。遅刻した理由など、どんな小さなことでも真実を伝えなければそこでアウトでした」。入校から6カ月。まさに地獄のような訓練を終えた頃、60人の同級生は18人にまで減っていたという。一念発起から2年。34歳で、Yuriさんは念願の警察官になった。

コロナ禍での問題に対応
ホームレス、ヘイトクライムなど

 ポリスアカデミー卒業後、Yuriさんは、入校前から内定を受けていたロサンゼルス近郊の大規模な警察組織に勤務することになった。現在、日々のパトロールをはじめ、交通違反取り締まりから犯人逮捕、そしてカーチェイスに至るまで、常に危険と隣り合わせの業務を行っている。時には、SWATや白バイ隊員、K―9など、他のユニットと協力して捜査することもあるという。
 近年では、ロサンゼルス郡の路上生活者、いわゆるホームレス急増が問題となっているが、Yuriさんの勤務地でも例外ではない。「コロナ禍で仕事がなく、家のローンが払えなくなっている状況もあると思います。理由はさまざまですが、ホームレスには精神疾患の人が多いのも実情です。麻薬やお酒なども関わってくるけれど、そういった背景も考えて対策を取る必要があると思います」。Yuriさんによると、LAPDにはクライシス・インターベンション・チーム(以下CIT:Crisis Intervention Team)と呼ばれるユニットがあり、地元の警察や郡の医療サービス、支援者が協力し合い、精神障害がある人への支援を行っている。「警察官がソーシャルワーカーと一緒にホームレスを訪ねるのですが、増え続けるホームレスに対応できないため、CITの代わりにチーム以外の警察官がサポートをすることがあります」。なお、米住宅都市開発省(HUD:United States Department of Housing and Urban Development)が2020年に発表した統計によれば、ロサンゼルス郡および市のホームレス人口はニューヨーク市に次いで2番目に多く、6万3706人だった(フォーブスオンライン記事2021年4月16日付け)。

年に一度、サクラメントで開催される「Police Memorial Week」。「私はHonor Guard(儀礼兵)に所属しているので、警察署代表として、殉職した警察官のお葬式などを担当しています」

 また、コロナ禍において全米で増大しているアジアン・ヘイトクライムも深刻だ。Yuriさんは、人種や肌の色、アイデンティティーなどで差別を受けるヘイト問題には、「ヘイトインシデント」と「ヘイトクライム」の2種類があると説明している。前者は差別的な発言・態度などをされること、後者は差別に加え殴られるなどの暴力を受けることだという。Yuriさんはこれまでにも日系非営利団体主催のZoomセミナーなどで、アジアン・ヘイトクライムに関するアドバイスを行っている。「差別的なことを言われたが、この程度で警察に通報するべきかどうか分からないというご相談をよく受けます。もしあなたが通報した方がよいなと思ったらぜひそうしてください。例えばせきが出た時、その原因が風邪かアレルギーかどうか分からない場合は、医者にかかり診断してもらいますよね。それと同じで、差別発言が事件になるかどうかは警察が判断するので、大したことがないと思っても通報した方がよいと思ったら警察に連絡してください。通報することで、もしあなたに差別発言した人間が、その近くで人を殴っていたとしたら、あなたの通報内容が犯人を特定し解決へと導く重要な手掛かりとなる可能性もあるんです」とYuriさんは提言している。

SNSを通じて日系社会に貢献
激務の傍ら、個人で展開中

 米国で働くYuriさんだが、日系の会社での就労経験も踏まえた上で、やはり米国の組織の方が働きやすいと話す。「警察官ということもあるかもしれませんが、アメリカ人は自分が持つ権利を知っているし、しかもそれをきちんと主張します。社交辞令もなく、気を使う必要がないというのも楽ですね。自由ですが自分の言動には責任を持つというところもいいと思います」。一方で、日本人ならではの良い点も仕事に生かせているという。「日本人として生まれ育って良かったと思うのは、道徳心が教育や環境の中で自然と身に付いていること。日本の基準に照らすと、アメリカでは道徳心が希薄だと思います。他人に対する思いやりや優しさは、私にとって、とても大事なもの。いつまでも大切にしていきたいです」

 現在、激務の傍ら、個人のインスタグラムやEメールなどを通して、日本人を対象にした犯罪に関するさまざまな相談を受け付けている。日本語を話せる警察官として少しでも日系コミュニティーの役に立ちたいと語るYuriさんの夢は、人身売買の被害者を支えるNPO団体を立ち上げること。「母の影響もあり、幼い頃から人身売買に関する知識がありました。人身売買の被害者は、たとえ事件が終わっても、その後もトラウマや精神疾患にずっと悩まされることが多いんです。団体や施設を作り、カウンセリングやライフコーチングなどを通じて、被害に遭った人たちに愛情を感じてほしい。そして、私がいなくなっても誰かに意思を継いでもらいたいと思っています」 


Yuriプロフィール

東京都出身。高校卒業後渡米。30代で警察官を目指し猛勉強の末、夢を実現。現在、ロサンゼルス近郊で警察官として勤務している。現在、日本語情報誌で「現役警察官 YURIのつぶやき」を連載中。今年、YouTubeチャンネル「警察官ゆりのアメリカ生活」を開設した。犯罪に関する相談や質問は、インスタグラム(@1114lajpn)、Eメール(y1114lajpn@aol.com)まで。
 

犯罪に巻き込まれないようにするには

 米国生活で犯罪に巻き込まれないように、またいざという時にすぐに行動できるようにするためには、日頃の心構えが最も大切だ。重要なポイントをYuriさんに聞いた。


◉日本と同じような感覚は通用しないということを理解する。

 米国滞在が長くても、比較的安全な地域で暮らしていると、安全に対する考え方や警戒心が薄れていく人が多い。例えば、夜にガソリンスタンドを利用しないといったことだけでも犯罪に巻き込まれる確率は軽減する。常に周囲を意識して、怪しい人がいるかどうか、その人との距離はどれくらいか確認しよう。 また、カリフォルニア州はマリファナが合法になっているが、たとえ住んでいる国では合法でも日本で罪に問われることがある。日本の大麻取締法によると、国外でマリファナの栽培・所持・譲渡などで罪になる場合があるとしているため、外務省は、在米邦人や旅行客はマリファナに手を出さないようにと注意を促している。なお、現行では「使用」は罰則の対象となっていないが、現在、厚生労働省で「使用罪」の創設が検討されている(参照:外務省海外安全ホームページ「海外での薬物犯罪・違法薬物の利用・所持・運搬」https://www.anzen.mofa.go.jp/c_info/oshirase_yakubutsuchuui.html)。


◉銃社会で暮らしているという認識を持つ。

 特に、新型コロナウイルス感染拡大以降、多くの米国人が銃を所持している。銃とはいかなくても、手軽に武器として使える物を持っていてもよいかもしれない。いざとなれば車の鍵を使って反撃することもできる。女性や高齢者なら、護身術を習うのも良い手だろう。


◉いざという時を想定し「イメージトレーニング」をする
 事件に遭遇した時にすぐ行動できる人は少ないだろう。対応できるようになるには、イメージトレーニングが有効だ。駐車した時に襲われたらどうするか、火事になったらまず何をするか、家に強盗が入ってきたらどう動くかなど、さまざまなパターンを想定してトレーニングしておくと、いざという時、焦らずに冷静に対応することができる可能性が高くなる。


◉家族で犯罪対策について話し合う。
 特に子どもがいる家庭では、日頃から犯罪対策について話し合っておくことが大切だ。911(緊急通報用電話番号)に連絡する際、自宅の固定電話なら電話をかけてきた場所が特定できるが、携帯電話では分からないため、子どもが自分の家の住所を言えるようにしておくと安心だ。また、ハロウィーンのトリック・オア・トリートでお菓子をもらう際、特に手作りのお菓子は、薬物や毒物混入の可能性がゼロとは言えないため、安全のためにも食べないようにした方がよいだろう。

パトロール中のYuriさん

 

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