突然、乳児用の人工栄養、フォーミュラの不足が騒がれ、連日ニュースに取り上げられて驚かされた。
 自分自身の育児が済んで何十年、当時の話題は遠い昔になってしまった今日、人々の飽食が問題になっている米国でフォーミュラが不足して、両親はミルクを求めてスーパーマーケットを駆け回わり、途方にくれているという。ちょっと信じられないニュースではあるが、アレルギー症の子どもが多く、特別に調整されたフォーミュラも必要なのだそうだ。
 このニュースを聴いてまず頭に浮かんだ言葉が「重湯」である。今はどうだか知らないが、私が日本にいた頃は、よく母乳の出ない母親が重湯を乳児に飲ませた話を聞いた。
 私は栄養学など勉強したことはないが、ご飯を炊いてその上澄みを乳児に飲ませてひもじさを抑えることはできても、それだけで子どもが丈夫に育つとも思えない。しかし昔の日本の母親たちの何パーセントかは、子どもが離乳食を食べられるようになるまでの一時期を、それでしのいだのだろう。
 私などは、小学校の低学年の間に、ユニセフの粉ミルクを給食で飲まされた。沸かし過ぎて白い膜の張ったミルクは決しておいしいものではなかった。
 その頃、いつもアルマイトの小さな薬缶を持って学校に来る同級生がいた。彼女は自分のミルクを、飲まずにそっと薬缶に入れて持って帰るのだ。ある日こっそり理由を尋ねると、妹を出産したお母さんが、体の具合が悪く母乳が出ないので、小さな妹がいつも泣いてばかりいるという。
 私は飲みたくない自分のミルクを喜んで彼女の妹に提供した。次の日から、近くの席の級友も自分のミルクを彼女の薬缶に入れ始めた。
 いつもは「せっかくユニセフがあなたたちが元気に育つように送ってくださったミルクです。残さず飲みましょう」と飲み残しの監視に目を光らせていた先生も事情を知って、窓の外を見て知らぬふりをしていた。
 日本がまだ貧しかったころの話である。
 ところで、「子どもを母乳で育てよう」という推進運動があったような気がするが、その話は一体どこへ行ってしまったのだろう。(川口加代子)

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