集会所での句会に集まった多くの熱心な会員

 サンディエゴ在住で社団法人俳人協会名誉会員のガルシア繁子さんが主宰する「フォーシーズン俳句クラス」が、今年50周年を迎える。現在93歳のガルシアさんは、50年前の設立時を昨日のことのように振り返る。(長井智子)

 結婚を機に渡米。末っ子の幼稚園入園を機にサンディエゴに俳句会創立を思い立ち、日系商社や銀行へ宣伝に走りまわった。日系新聞社にも宣伝を掲載し、1973年1月、「サンディエゴ俳句会」として日本語学校の教室で句会を催したのが始まり。50年前のその日、初句会は招待者を含み80人の参加者でにぎわったという。

 戦前に渡米して戦時に強制収容された経験を持つ日本人も多かった時代。
 「私は若い頃から短歌もやっていたのですが、1世の方々から『俳句を教えてほしい』『俳句を習いたい』という希望が多かったのです」

青樹の長谷川双魚主宰(右)とガルシアさん=1980年頃

 ふたを開けてみると会員の中には日本の文字を忘れかけている人もいて、考慮の末、軍歌「戦友」や流行歌「のんき節」の替え歌を作り、句会の前に全員で合唱したところ、「この替え歌が面白いということで、会員の励みとなりました」と創立当時の思い出を話す。

 翌年、日本の岐阜の俳句結社「青樹」の主宰、長谷川双魚師との縁から会員全員が青樹に入会し「カリフォルニア青樹支部句会」に改称した。文化交流にも活躍し77年にはガルシアさんが住まうナショナルシティーのモーゲン市長(当時)から「市の鍵」を授与された。94年1月に現在の「フォーシーズン俳句クラス」と再改名して独立した。現在は通信制により全米に点在する俳句愛好者と交流を深めている。

ナショナル市の当時のモーゲン市長(左)から「市の鍵」を授与されるガルシアさん

 句会や俳句教室を定期的に催し、最盛期は100人を超える会員が在籍した。句会では会員が持参した句を箱に入れ、作者不問で句を味わったり意見を交換したりして勉強する。創立時から月刊誌を手書きにて発行し、後にワープロを習得してからは俳句の他、挿し絵やエッセー、会員相互の交流記事なども加わり、一時は毎月100ページにもなる会報を編集した。だが無理がたたり10年ほど前に健康を害したことから活動が一時休止に。その際に「1日も早い全快を祈り、俳句クラス再開の日を待っている」と、多くの会員から激励のメッセージが寄せられたことが、ガルシアさんの大きな励みになったという。その後は周囲の勧めもあって冬号と夏号の年2回発行に切り替え、2013年からはレターサイズの会報スタイルに作品を収めて会員に配布している。羅府新報には創立時から50年、紙上で発表を継続している。
 「おかげさまでめでたく創立50周年の節目を元気に迎えることができましたが、(10年前の)あの時に寄せられた会員の皆さんの温かいお心には今でもとても感謝しています」と述べている。

指導に力を傾け、創作活動に励む
人を愛し、自然を愛し、俳句を愛す

 俳句会を50年間続けることができたのは、「俳句を勉強したい人たちがあったればこそ」だと言うガルシアさん。真っすぐに学びを求めてくる人たちに応えることに情熱を注いだ。会員諸氏とは俳句を通じての付き合いで、個人のことに干渉しないのが流儀だという。

毎月、手作りで編集制作した、今も残る貴重な会報誌。ガルシアさんが描いた挿絵もふんだんに挿入されている

 素人にも俳句は作れるのだろうか。「俳句は奥深いので勉強することがたくさんあります。奥行きのある句を作るのは簡単ではありません。悲しいことを悲しいと言ってしまったら面白くない。言いたいことをそのまま言ってしまうのではなく、詩心や他の言葉で奥行きを出さねばならないのです」。季語を一つ入れた17文字の生真面目な基本の上に、清らかで奥深い俳句の世界がある。「俳句を作り続けていると、精神が強くなる。そんな風にも思います」と語る。
 日本には、はっきりした四季があるが、カリフォルニアで四季を見つけるのは簡単ではなさそうだ。「でもハワイにだって寒い季節はありますし、その土地、その場所で四季を捉えるのが作者の力ということになるわけです」と述べる。「『アメリカなんかで俳句ができるものか』というようなことを言う人がいますが、間違っていると思ったら私はしっかりと意見を言います」。偉い人にも食ってかかるという。「俳句のことになると強いんです」とにこり。そして、「私は創作で壁にぶつかったことはありません」とも言う。

書斎で机に向かうガルシアさん

 ガルシアさんは日本の俳壇誌に書き送った文章の中で、50年を振り返り俳句の道を共にした友や恩師への思いの丈をつづっている。
 「2008年、青樹が終刊となり、36年間のつながりに終止符を打った。また今日までの長い年月の間にフォーシーズン俳句クラスの多くの句友たちがこの世を去った。当句会を支えてくださった草間時彦先生と佐藤和夫先生たちも幽冥に入られた。心底よりご冥福を祈る」
 また20年4月には、ガルシアさんを支え、英語で俳句を詠む俳友でもあった、最愛の夫ジョージ・クルーズさんが亡くなった。
 50年の間に巡った季節は多くの喜びや悲しみを運び、言葉が紡がれた。
 現在は全米各地あるいは日本に住む投句会員が送る作品の添削指導に力を傾ける毎日だ。「決してけなしません。良いところを見つけてほめて指導します」。創作活動に励み、俳句クラスを通じて多くの人とつながるガルシアさんは現在93歳。人を愛し、自然を愛し、俳句を愛する日々を送る。

ガルシア繫子さんへ
フォーシーズン50周年祝し

 金井双峰さん(会員) 私がガルシア繁子さんを知ったのは、今から30年前、母が青樹の会員で「アメリカにガルシア繁子さんという俳句と茶道を教える偉い先生がいる」と言っていた。その後、私も青樹に投句を始めたある日、繁子さんより手紙をいただいたのがきっかけで、会への投句が始まった。以前、会員数人と日本で会うチャンスがあり、その方々に繁子さんのことをうかがったら、皆さん口をそろえて「ガード・マザー」と答えてくれた。だからこそ、アメリカの俳句クラスが今もあるのだと理解した。

米国俳句会にこの人ありとうたわれるガルシア繁子さん

 石原嵩さん(羅府新報前編集長) 全米に点在する俳人を、50周年にわたり滅私の精神でまとめられているガルシア繁子先生。句会発足の頃に、俳句の月刊誌は手書きで発行していたものの、手書きでは大変だろうと東京のお兄さんが送ってくれたワープロに挑戦。ワープロ通信教育を6カ月受講し、百点満点で卒業するという頑張り精神にも感銘を覚えている。長年にわたり身を粉にして奮闘し俳句指導者として常に謙虚で、人を愛しておられる人柄は、正にアメリカの俳句クラス界の「無双の存在」と言える。「フォーシーズン俳句クラス」の創立50周年を心よりお祝い申し上げたい。
 大畑善昭さん(「沖」同人) 敬愛するガルシア繁子さま。あなたはサンディエゴの地で「サンディエゴ俳句クラス」を立ち上げ、日本国有の文化たる俳句を教えてこられた。これは誠にうまずたゆまずの精神で、その結果が今日の創立50周年の快事につながっている。これはあなたの一大事の成就を意味するものと思われる。友人の一人として、そのことをとてもうれしく心からお祝い申し上げたい。

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