今年も恒例のマンザナ巡礼が先週の土曜日に行われた。今年で57回目。太平洋戦争中に日系人が強制収容された歴史を忘れずに、そのような過ちを二度と繰り返してはならないとしてマンザナ強制収容所跡地で行われる、追悼と教育を目的とした行事だ。今年も大勢の人が参加したが、私にはこの時期毎年のように思い起こす一句がある。
「水打つや別れに来たる志願兵」
戦争勃発で日系人約12万人が計10カ所の強制収容所に送られ、約3年間そこでの生活を余儀なくされた。それでも、それぞれの収容所では文芸活動が行われ、俳句のグループも作られて定期的に句会を開き、句集も作っていた。マンザナ収容所にあったのは「満砂那吟社」。この句はそのメンバーの1人、安田北湖の作品だ。北湖は1920年代から日本の「ホトトギス」に投句し入選を繰り返しており、「満砂那吟社」では指導的な立場にあったとされる。
ある夏の朝、自分のバラックの前に水を打っていた。小さく作った庭だったのだろう。そこへ、兵役を志願した若い2世が収容所から出て行くのに際し、あいさつに来た。北湖は当時40歳ほど。「忠誠組不忠誠組夕涼み」という句もあり、置かれた状況を意外と冷静に見ていたのではないかと思われる。若い人たちにとって心の内を話すことのできる存在だったにちがいない。
その時どんな言葉をその若い2世に贈ったのだろうか。兵役に志願することで、自分も、自分の親たちも決して敵性外国人などではないということを身をもって証明しようとした若い人たち。その決意を受け止めながら、これからの歴史の展開も見据えて、静かに言葉を継いでいる北湖が見えてくる。北湖は「水打つ」の水に、戦争に赴く者と交わす水杯の水をイメージしたわけではないと思うが、この句からはそんな、厳粛な儀式のような、それでいて静謐(せいひつ)な雰囲気も漂ってくる。
この一句を思い起こし、これまで何度か訪れたマンザナの風景を心に描きながら、私なりに、巡礼の心を重ねるのだった。(長島幸和)

